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ジョブ理論を読み解く
~基礎編(キーワードの理解)~

事業開発責任者・推進リーダー向け
新規事業開発
事業領域の探索

2022年8月24日

ジョブ理論を読み解く ~基礎編(キーワードの理解)~
顧客のジョブとはなにか?
 2020年1月に亡くなったクレイトン・M・クリステンセン教授が執筆した書籍『ジョブ理論~Competing Against Luck The Story of Innovation and Customer Choice』は、リーンスタートアップなどの事業開発に関わる検討のフレームワークとして認知されているValue Proposition Canvas(VPC)を深く理解するための示唆に富みます。特に新規事業検討に携わるビジネスパーソンには是非とも一読いただきたい良書ですが、かなりボリュームがあるため、本コラムの基礎編では重要な用語を解説し、応用編では理論を事業開発の検討の現場での使い方をご紹介します。
 ジョブ理論では、序章のどんなジョブのためにそのプロダクトを雇用したのかという問いや、第2章のジョブは “ある特定の状況で人が遂げようとする進歩“と定義するといった独特の表現になっています(後段で、用語の解説をしていきます)。同様に、ジョブは、それが生じた特定の文脈に関連してのみ定義することができ、解決策も特定の文脈に関連してのみ、その有効性をもたらすことができると表記されています(図2参照)。
 本コラムの著者は、ジョブを「個別具体的な状況において困っている状況と解決したい理想的な状態の塊」と読み替えて理解しています。前述のVPCのフレームワークの中でPain/Gainという概念が出てくるのですが、ジョブの定義を踏まえると、顧客が直面している困りごとをその背景も含めて複数洗い出した結果をPain(悩み)として整理し、理想的な世界観を実現している状態とその要件を抽出することをGain(実現したいこと)としてまとめています。
 このジョブ理論が強力なのは、顧客がプレミアム価格を払ってまでも雇用したい(6章:体験とプレミアム価格)で触れているように、事業開発における「Nice to Have(あった方が良い)」を形にするのではなく「Must Buy(買うべきもの)」にたどり着くために必要な検討プロセスやガイダンスを提供しています。また、ジョブを解決するビジネスモデル設計していくために、必要となる組織の構築や文化の醸成といった観点までカバーしているところが良書としてお勧めする理由です。  
ジョブを理解するための4つのキーワード
 ジョブ理論では、「ジョブ」「Progress(進歩)」「雇用する」といった聞きなれない用語が多く出てくるため、今回はジョブ理論の概念を理解するために重要なキーワードを4つに絞って解説します。

「無消費」:潜在的なニーズ/課題を抱えているが、顧客自身も認識していないため、その解決に取り組んでいない状態

 特に重要なのが、この「無消費」というキーワードです。顧客自身も認識していない需要やニーズが存在するということを明示的に定義しています。それを観察や対話によって顕在化させることで、新しい消費のセグメントを生み出すことの重要性を説いています。ピーター・ドラッカー氏が1954年に書いた『現代の経営』の中で企業の目的は顧客の創造であるといった定義をしていますが、ジョブ理論と同種の考え方だと言えるのではないでしょうか。ジョブ理論の特徴の一つは、組織を巻き込んで価値を提供するための具体的なアプローチ(詳しくは応用編で解説します)を示している点です(図1)。
 事業創出や既存事業の成長戦略において、まだ顕在化していない「無消費」状態を新しい市場に変えることの重要性について認識している一方で、その実現に難しさを感じている方は、ジョブ理論が示しているアプローチについて取り組んでみることをお勧めします。

図1 ジョブの定義と無消費を考える

図1 ジョブの定義と無消費を考える


「Progress(進歩)」:目指したい理想的な状態に向かうプロセス(達成状態とその過程をすべて含む)

 2つの目の重要なキーワードである「Progress(進歩)」もジョブ理論の中での独特な表現です。目指している理想的な状態だけではなく、そこに向かうプロセスも含んだ語感として「Progress」をあえて選んでいるという解説も重要なポイントです。これは、技術や環境の変化に伴い顧客が感じる理想的な状態も変化し続けるということ、顧客の変化に合わせてよりよい状態を探し続けるプロセスが絶えず行われるということに重きを置いた表現だと理解しています。それ故に、「Progress」を直訳して、「進歩」とだけ解釈してしまうと大事な視点が抜け落ちてしまいます。
 この「Progress(進歩)」の意味を理解するために、図2のような概念図を使って補足します。顧客自身の特定の文脈において理想的な状態を目指しているプロセスが「Progress」です。図1で示したように、特定の文脈をもった塊がひとつのジョブと解説しましたが、異なる文脈が存在すればその理想的な状態に近づくための方向も異なります。また、顕在化しているものもあれば潜在的なもの(気づいていない理想的な状態≒無消費)も含めて存在します。

図2 ジョブとProgress(進歩)の関係性

>図2 ジョブとProgress(進歩)の関係性


「Product(プロダクト)」:進歩を支える製品・サービスの候補

 「Product(プロダクト)」も重要な用語の一つです。図3のように、理想的な状態を実現することができる製品やサービス(Product)が見つかればよいですが、そういったものが見つからずに一時的に間に合わせで代用している場合、不満や課題を抱えていることもあります。また、図2の中で一定の進歩が実現されている状態は無数にあり、特定の文脈の中でそれぞれの顧客が一定の充足状態を実現する「Product」をそれぞれの理由で採用していることになります。結果的に、理想的な状態を実現できず、常によりよい「Progress」を実現できる「Product」を探し、見つかり次第、交換される状況にあります。

図3 雇用とプロダクトの関係

>図3 雇用とプロダクトの関係


「Hire(雇用する)」:Progress(進歩)を実現するために特定のProduct(プロダクト)を取り入れる

 最後の用語として紹介するのは「雇用する」という表現です。ジョブ理論では特定のProductを採用・利用すること≒「雇用する」と解説しています。また、「間に合わせ/代用(Little Hire)」といった表現や、より新しいProductに乗り換えるために既存のProductを「解雇(Fire)し、新たに雇用する」といった表現もあります。これらの表現は、顧客が抱えているジョブが時間の経過や文脈の変化とともに変わっていくことを示す独特の表現だと考えます。
 また関連する表現として、愛用することで理想的な体験を実現できるProductに対して「Purpose Brand」という言葉を使っています。これは複数のProductの中から1つを選択して「Little Hire(間に合わせ)」を実現することとは異なり、理想的な状態を実現するProductを雇用し続ける「愛用する(Big Hire)」ことを特別に定義しています。
 「Purpose Brand」は、提供しているものが製品やサービスの機能性の域を超えて、間に合わせではない体験・価値を提供している状態になり、プレミアムを払ってでも欲しいものとなります。具体的な例として、Googleを使って検索することを「ググる」と言うように、Googleのサービスが検索体験そのものを指し示すレベルに達しているケースを見るとより理解しやすいでしょう。

 蛇足ですが、著者が学生時代(20年前)に勤めていたベンチャー企業では、プログラミングのサンプルコードを探すためにYahooやInfoseekなどを検索しても、中々探している情報にたどり着けないというフラストレーションを感じていました。そんな中で、とある先輩が「google(読み方が分からずゴーグル<当時眼鏡を模したロゴだったから>と呼んでました)というのがあるぞ」と使い始めた時の「何これ、すごい便利」という初体験を懐かしく感じます。
アメリカ流のシェイク事例を日本で例えると
 アビームコンサルティングで提供している企業向けの事業開発等に関連する研修の中で、新しい事業コンセプトを考えるための一つの切り口として、顧客ジョブという考え方を解説することがあります。その際、シェイクを飲むというシーンを代表例(欧米では一般的)として解説するものの、この時初めてジョブ理論を聞く方にとっては、シェイクの文脈で「雇用する」「間に合わせ」とはどういった状況を表しているのかというものが伝わりにくいようです。
 図1の中で表現しているそれぞれの顧客が抱えている異なる文脈≒ジョブが複数ある状態を、一つの図表で解説しながら理解を深めてもらえたらと思います。例えば、日本の独特の「夏のじめじめした暑さを乗り切る」というお題において、複数のジョブを表現したのが、図4です。当然、顧客によって暑さを乗り切る手段やその周辺で求めているものは異なり、どれが正解というものではありません。重要な点は、文脈がそれぞれ異なり、それぞれ独立したジョブとして存在しているということです。
 図4の中で「物質的な対応」と「感情的/情緒的な対応」という横軸と、「周辺環境の変化」と「顧客の身体的影響」という縦軸を便宜的に定義しました。これにより、4つの象限で抱えている文脈に大きな違いが出ています。当然、それぞれの象限において対応できるProductの候補が分かれるため、どの顧客のどういった文脈にどの様に答えていくかが重要な整理になります。

図4 日本の夏で考える(じめじめした暑さを乗り切るには)

図4 日本の夏で考える(じめじめした暑さを乗り切るには)

 例えば、夏といえば冷たいビール(右下)という方も多いと思います。その中でたとえばビアガーデンのような開放的な会場では、たとえ実際にはそれほど涼しくない場所であっても、大人数で飲む一杯のビール(左上)が、暑い夏の疲れを癒してくれると考える人もいるでしょう。つまり、顧客が抱えているジョブが異なれば、求めているProgressの方向性や対応できるProductも異なります。また、浴衣は季節としての「納涼」を感じる情緒的な効用をもたらすものの、現代の冷感を与える特殊素材のTシャツなどと比べてしまうと、物理的な涼しさにおいては優位性を失っているものとも言えます。根源的には同じジョブでもそれを解消するProductは、時代によって変わるということも起こります。
 同様に、物理的に暑さを凌ぐという観点で別荘地やキャンプ場行くという「避暑」という考え方は古くからあるProductです。同様の効果を体現するために、体感温度を下げる扇風機や周辺温度を物理的に下げるエアコンという製品によって涼しさを実現しているという例もあります。
 このように、「夏のじめじめした暑さを乗り切る」にはという問いに対して、聞かれた顧客側が連想するジョブと理想的な状態に向かうプロセス(Progress)はそれぞれ異なるため、実現するために存在する様々な製品・サービス(Product)のどれを雇用(Hire)するのかは、異なってくるというジョブ理論の中心概念が理解いただけるのではないでしょうか。
ジョブを解決に向けたアプローチとジョブ理論の活用
 今回は、基礎編として、ジョブ理論の概念を理解するために重要なキーワードを4つに絞って解説しました。最後に、次回の応用編をご紹介します。ジョブ理論の後半の章では、顧客のジョブを中心にビジネスプロセスや価値を提供していく上で、どのようにビジネスモデルの設計や組織体制を変革していくのか?又は、チームとして動きに変えていくのか、というより実践に向けて何をするべきかを語っています。応用編でご紹介しますが、図5に示したように、ジョブを起点に段階的にビジネスモデルに昇華させていく方法や、ジョブを構成する様々な文脈のPainやGainをどのように解決して統合的な価値提供を実現するのかという方向性と、既存のビジネスプロセスの中で顕在化する問題を解決して価値を提供する方向性の対比から、問題解決型の観点とジョブ探索の違いを理解いただければと考えています。書籍の中では、治療方針の決定に際してチームで総合的に症状を診断し最適な治療法を探っていくことが特徴のメイヨー・クリニックでの顧客軸での医療提供の体験を、一般的な病院との違いから解説しています。次回の応用編ではそうした違いなどから、顧客のジョブを中心にどのようにビジネスモデルを設計、構築していくのかについて考えていきたいと思います。

図5 ジョブ探索の方向性

図5 ジョブ探索の方向性

 
引用:クレイトン・M・クリステンセン教授「ジョブ理論~Competing Against Luck The Story of Innovation and Customer Choice」

戦略ビジネスユニット BizDev Mentor

菅原 裕亮