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アイデアよりも新規事業で重要な“実行力”とは

事業推進リーダー向け
実行推進
現場
マネジメント

2022年8月30日

アイデアよりも新規事業で重要な“実行力”とは

経営陣のコミットメントと検討スピードの関係

 新規事業開発の検討支援に関して、経営層や経営企画といった全社に関わる部門のみならず、特定の事業部門や外部との共創などを推進する組織など、多種多様な部門から相談をいただくようになりました。検討のきっかけは組織によって様々ですが、新しい挑戦をしなければという危機感は、共通のものであると感じています。そうした危機意識の中でも、とりわけ変革における影響力を持つケースは、社長や経営層などのトップマネジメントを起点とする検討です。
 今回は、世界的な機器メーカーのトップマネジメントがグローバル規模で新サービスのローンチを対外的に発表したことで、突然未知の領域へ挑戦することになった検討チームの新規事業検討支援に関する課題感や実行推進の工夫についてご紹介します。
 本件における難しさの背景は、まだ、検討の種となる曖昧なコンセプトしかない状態からの検討スタートだった点と、経験したことのない領域において、すべてのタスクを検討チームが主体的に組み上げていかなければならない点の2つが同時に存在していたことでした。さらに、経営陣の強いコミットメントによって短期間で検討を進めるために、考えながら実行する必要があったのも、検討チームを悩ませる要因にもなりました。
 検討チームは、コンセプト設計、事業計画、実行計画の策定などの段階をスピーディーに進めるために外部専門家の力を借りながら、不足するケイパビリティ(組織能力)を補うために新しい人材を内外から集めるなど、同時並行で様々な取り組みを仕切っていくリーダーシップを発揮する必要がありました。
 そうした中でも、本件で特に大変だったのは、以下の2点です。
① 顧客や関係者の本質的な課題をつかむための現場の巻き込み
② 新たな取り組みに対する非当事者意識の克服

 難しさがありながらも本件の良かった点は、「出る杭」を潰してしまうような抵抗勢力が古い組織から出現するといったよくあるケースに対して、そうした軋轢を最小化しながら既存組織との折り合いや調整を取り付けて推進できた点です。
 本コラムでは、上述の大変だった2つの点を中心に、それらをいかに解決したのかを解説します。  

検討が進むほど、既存事業との連動は重要になる

 事前に発表された新サービスは、既存サービスを拡張し、プラットフォームとして立ち上げるイメージで、既存製品とサービスの周辺に位置づけられるものでした。全く新しい領域を作るわけではないため、既存事業との密な連携が求められます。特に、既存の商流に対して新しいサービスを載せるための新しいプロセスやデリバリーの体制を構築しなければなりませんでした。こうした検討において、理想的な進め方は、企画検討段階から実行を担う現場の選抜メンバーを参画させることです。
 ただし、前述の解説の通り、今回のような短期間で推進する案件では、そうした円滑な実現を支える連携や体制づくり、事前の根回しなどの十分な準備を整えることができませんでした。結果、世界各国の販売を司る現場にとっては、新しい製品やサービスを提供するという話は寝耳に水という状態でした。
 戦略はあるものの実行推進のための現場の巻き込みが不十分でスタックする検討は、皆さんも経験があるのではないでしょうか。本件では、事後的に、検討の前提となる考え方や検討チームが言語化したビジョンや青写真を丁寧に説明していくことで、現場との信頼関係を徐々に構築していきました。その際に直面した困難が、冒頭でご紹介した2つのポイントとなります。

① 顧客や関係者の本質的な課題をつかむための現場の巻き込み
 事業拡大の成功要因としては、まず、実行・拡大にあたって事業コンセプトの「練り直し」が必要になります。その際、サービスや商品の利用顧客と接点を持っている営業や顧客サポートと、実装を支援している事務や経理、調達なども巻き込み、様々な観点で「顧客の本質に沿っているのか」「関連担当者やパートナーの思いと沿っているのか」を繰り返し問うことが重要になります。その質問に回答出来るのは、一定期間現場にいる人であり、彼らの信頼を得て「本音」を語ってもらうことが必要で、そのためには外部メンバーなどを活用することや、一緒に業務を実装し自分で「本質を体験」することで理解してもらうことが有効です。このように、本質に迫っていくにあたり、事業を担当する様々な現場メンバーを巻き込み、それぞれのメンバーの思いや意見を取り入れることで「練り直し」作業を自分事にすることが重要になります。
 しかし、現場メンバーは、従来の既存事業のプロセス(営業・顧客サポートなど)を担っているケースが多く、彼らが協力のために時間を取られすぎてしまうと、事業が回らなくなる場合があります。したがって、彼らを巻き込むためには、事前に上位者に目的や必要な時間などを共有し、調整してもらう必要があります。
 今回のプロジェクトでも、事業の責任者は「既存事業を回す」ことを最優先にしており、現場へのヒアリングの時間を頂くことが難しい場合がありました。また、筆者が関わっていた別の案件では、上位者と合意し、業務時間前後や、シフト勤務の時間の外でお願いしてワークショップを開催するケースもありました。その調整の許可を得るためにも、既存事業のオーナーに必要性の説明などを実施していました。
 今回のプロジェクトでは国内だけではなく、様々な拠点を巻き込む必要がありました。それぞれの国によって、マーケットや組織の環境、仕事に対しての文化や思いも違うので、それぞれの環境・組織・文化に合わせて現場メンバーを巻き込み、事業の「練り直し」を実施していくことも重要でした。
 特に欧米などでは各部門の担当のミッションが決まっており、自分が抱えている目標に直接関連しない活動やリソースの活用に対して積極的でないケースもありました。そういったビジネス文化の中で「人を動かす」ことは簡単ではありませんが、様々な方法を活用して成功につなげていきました。例えば、欧州の拠点では、拠点の顧客サポートの責任者はワークライフバランスを重視していて、加えて既存事業に追加機能などがリリースされたばかりだったため、サポート体制に余裕がない状態でした。それでも、彼と彼のメンバーから顧客課題に対しての認識の確認や既存のコンセプトに対してのフィードバックが必要でした。そのため、一部サポートを数日間他の拠点からカバーできるように調整して時間を作ってもらい、経営トップからもその時間でのワークショップ開催の重要性をメールで各メンバーに共有してもらうよう促しました。

② 新たな取り組みに対する非当事者意識の克服
 また、企業によっては現場のメンバーが今まで感じていた事業の懸念点や顧客の本音を共有できていなかったり、新しい取り組みに対して「自分の仕事や義務ではない」という意識を持っていたりする人が多いこともあります。そのためにも「当事者意識」と「信頼性」を構築し、彼らを導くメンバーが必要になります。
 米国の拠点での例として、商品のデプロイメント(初期設定)のチームで我々がシャドウイング(業務を一緒に体験)し、実業務(ハードウェアの準備、配送、設置、ソフトウェアやネットワークの設定、顧客対応など)を共に行いながら、彼らの考えを収集しました。そこから得られた情報がサービス成功の要因になってくるケースが多いです。
 例えば、デプロイメントのチームと業務を経験したところ、一部の顧客のセキュリティーソフトとネットワーク環境の設定が一部サービスやデータ転送を阻止していることが分かりました。この件はサービスの品質維持や顧客体験に影響する一方、設定変更やカスタマイズはデプロイメントメンバーのスキルセットとは異なっていたので、商品自体のネットワークの設定の方針などを再検討しました。このように、業務を一緒に行い、課題の顕在化や解決策の模索まで行うことで、これまで当事者意識が希薄だったメンバーの関与度合いを強めることができました。

 最終的には、経営陣のコミットメントの手助けもあり、現地のマネジメントの協力も取り付けることができました。その後は、上記のような現場の主体的な参加をしっかり進めることで、事業開発においてよくある抵抗勢力に阻まれてしまうといった課題は発生せず、無事に新サービスのリリースを迎えることができました。

実行も見据えた戦略的な設計と推進がカギになる

 このように、新しい商品・サービスのローンチ段階では、必ず組織内での既存事業側との連携が必要になります。コンセプト検討の段階から具体的なローンチ後の運用や推進を見据えて、検討チームの組成やメンバーの役割設計に気を配ることが大切です。例えば、チームに既存組織側のメンバーを取り込むことや、既存事業との連携の承認を取り付けることで、新規事業領域においても既存事業側の経営資源を有効に活用し優位性を発揮できるといったメリットも獲得することができます。
 新しい取り組みで検討プロセス(図1)を経て進めていくには、一見無駄に感じてしまうような場面もあるかもしれません。反面で、社内の様々な関係者の巻き込みを円滑に進めるために社内の検討プロセスを活用して社内の承認や支援を正式に取り付けることで、リソースや予算獲得をするといったメリットもあります。

図1 事業開発プロセスとそれを支える仕組み

図1 事業開発プロセスとそれを支える仕組み

 事業開発検討推進において、コンセプトを作りビジネスモデルの仮説を立ていくということは、粒度の粗さはあるものの、以前に比べて各企業内で取り組みが進んできていると感じます。先端的な組織を立ち上げる会社が現れるなど、全社としての事業開発の重要性が高まっていることもその背景と言えるのではないでしょうか。ただし、いざ実行に移すとなった場合には、冒頭でご紹介したように理想的な形で進まないことも多いことがほとんどです。
 その多くは、積極的に実行推進を担うメンバーを検討の早期段階から巻き込めていない等、既存事業側と新規事業側での連携不足によることなどが原因の一つです。こうした問題を予め避けるためにも、具体的な運用時に発生するコミュニケーションへの準備や、将来的な連携を見越して、対策を打っておくことが望ましいです。社内の複数のステークホルダーを効果的に巻き込んでいくためには、外部専門家を活用して、触媒として機能させることで円滑な推進力を得ることもできるため、ご興味のある方はぜひお声がけください。

戦略ビジネスユニット BizDev Mentor

菅原 裕亮