存在感を示すイスラエルのスタートアップ
協業支援で日系企業のイノベーションを促進

※本稿は、アビームコンサルティングの「いま」をお伝えする広報誌『ABeam』2019-20年度版から一部記事を抜粋した内容です。

坂口 直樹

坂口 直樹

P&T Digital ビジネスユニット
Research&Innovation セクター
エキスパート

ベンチャー企業の発信地として、世界的な存在感が高まるイスラエル。革新的テクノロジー開発に活路を見い出し、サイバーセキュリティーやインダストリアルIoT、デジタルヘルスなどの分野で世界的な地位を確保している。担い手の多くは、起業家によるスタートアップだ。アビームコンサルティングは、イスラエルのNPO(非営利団体)「SNC」(Start-Up Nation Central)と戦略的パートナー契約を締結し、日系企業との協業支援を強化していく。

イスラエルがスタートアップの
発信地となった理由

ユージーン・カンデル博士

世界のスタートアップエコシステムについて調査しているStartup Genome が発表した「Global StartupEcosystem Report 2018」によると、世界20都市におけるスタートアップエコシステムの評価ランキングで、イスラエルのスタートアップエコシステムの中心都市であるテルアビブは第6位にランキングされている。上位の顔触れは、米国のシリコンバレーやニューヨーク、ボストン、英国のロンドン、中国の北京などだ。並み居る大国の主要都市に交ざって、人口わずか880万人である、イスラエルの都市が独自の存在感を放っている。

同ランキングは、世界中の主要スタートアップエコシステムを、「パフォーマンス(生産高、時価総額など)」「ファンディング( 資金調達)」「マーケットリーチ」「コネクテッドネス(国内外のエコシステムとのつながり)」「タレント(人材)」「エクスペリエンス(将来的に活用が期待できる経験やネットワーク)」「ナレッジ(研究の成果、特許の量や国が研究開発に対する政策的支援)」という7つの要素に分けて数値化し、順位付けしたものだ。これら7つの数値が高い都市は、「スタートアップの成長を促進する仕組みが整っており、実際にスタートアップが発展している」と客観的に認められる。

テルアビブは、特に「コネクテッドネス」と「ナレッジ」の2つの要素においてトップレベルであり、グローバルに通用することを示している。他の5つの要素についても、全て2nd(高い水準)にあると評価されており、グローバル・スタートアップ・エコシステムにおけるテルアビブの優位性がうかがえる。

また同レポートでは、企業および投資家によるスタートアップへの投資状況について、人口当たりの投資金額が米国を超えて最も高いとも言及している。このことは、イスラエルのスタートアップが世界中の企業や投資家から注目されていることを示唆している。

なぜ、イスラエルはスタートアップの発信地となったのか。これについて、イスラエルに拠点を置き、革新的技術を世界に発信するNPO(非営利団体)「SNC」(Start-Up Nation Central)でCEOを務めるユージーン・カンデル博士(Prof. Eugene Kandel)は次のように説明する。同氏は2009年から2015年まで、イスラエルの国家経済会議の議長および内閣の経済顧問を務めるなど、経済学者として広く知られる存在だ。

「天然ガスが近年国内で発見されるまで、イスラエルにはエネルギー資源がほとんどなく、水や耕作可能な土地も乏しい国でした。加えて安全保障上の課題も多く抱えていました。100年以上にわたるこうした環境の中で培われてきたのは、課題解決に失敗しても再びチャレンジができるよう、常に革新的であり続けること、また、どんな社会が自分たちにとって理想なのかを考え続ける文化です」

中でも深刻なのは水不足だったという。イスラエルは長くこの問題に悩まされてきたが、この試練が、新しい水技術とビジネスモデルの開発を促し、いまやイスラエルは、世界で最も効率のよい水の使い方ができる国になった。また、資源の面でも同様だ。乏しい資源を有効に活用して市民生活を賄うだけでなく、国家として成長していく術も学んできたという。さらに周辺諸国との緊張感から、最先端の防衛技術を身に付ける必要があり、これもさまざまな技術の礎になったとカンデル博士は見る。

ただ、こうしてさまざまな分野で革新的な技術を身に付けたにも関わらず、近隣のマーケットは小さく、十分な成長が見込めなかったことから、イスラエルはここ30年間ほどを費やし、その磨き上げた強みを、欧米など巨大市場で生かすよう努めてきた。

「今日イスラエルの企業は、最初に課題と市場をグローバルな視点で考えるようになり、その結果、サイバーセキュリティーやインダストリアルIoT、デジタルヘルス、エンタープライズなどの分野で世界的な地位を確保しました」(カンデル博士)

こうしてグローバルに成長の場を求めるイスラエルのスタートアップは、自らが持つテクノロジー、例えばデータを収集するセンサーや、分析に必要なAI、サイバーセキュリティーなどを通信やEC、金融サービス、ヘルスケア、農業、製造業などさまざまな産業に適用してきた。以前は顧客へのアクセスが比較的容易なBtoB領域でのビジネスモデルが目立ったが、近年はBtoC領域にも進出するようになってきた。

イスラエルのNPOと業務提携し
現地スタートアップとの協業を支援

革新的なテクノロジーを持つイスラエル企業が、ビジネスのフィールドや資金調達先、協業先として選ぶのは、欧米や中国の企業だけではない。日本に対しても期待感を持っているとカンデル博士は語る。

「日本は大規模なイノベーションを成し遂げてきた実績があり、優れたものづくりの力と営業力があります。世界中の企業をつなぐ商社の果たす役割も大きなものがあります。イスラエルには、そうしたスケールの大きさや独特のスキルはありません。ただ一方で、世界を取り巻くビジネスの環境は刻々と変化しており、新たな競争関係が次々に生まれています。その中で確固たる競争力を維持するため、日系企業は自己改革に資する共創相手が必要だと感じます。イスラエルはそうした企業にとって非常に興味深い存在であり、両国の企業がオープンイノベーションに取り組むことにより、大きな価値を生み出すことができると信じています。すでに共創の取り組みは始まっており、追い風が吹いています。今日の日本は、過去数年間のイスラエルへの外国投資のうちの2%を占める存在ですが、数年のうちにより大きな存在になると信じています」(カンデル博士)

一方で、新たな共創関係の構築によって、自社の競争優位性を高めたいと考える日系企業は多く、イスラエルに対する意識は高まっている。2019年4月、こうした機を捉えてアビームコンサルティングは、カンデル博士が指揮するSNCとの協業を発表、スタートアップとの協業を推進して日系企業のイノベーション創出を支援すると発表した。

このプロジェクトを主導するアビームコンサルティングのP&T Digital ビジネスユニット Research&Innovation セクター エキスパートの、坂口直樹は、日系企業の間で、協業先としてイスラエルのスタートアップに注目が集まっている理由を3つ挙げる。

1つ目は、イスラエル企業が世界的に見て非常に優れたテクノロジーを生み出し、多くのイノベーションを起こしている点だ。「例えば自動運転技術の『Mobileye』や、P2Pの保険商品を生み出し保険業界にイノベーションをもたらした『Lemonade』などは、非常に有名な事例と言えます。日系企業からは、特にDXによる新規事業を検討する上で、自社の既存事業からは考えつかなかった競争優位性のある発想に期待が集まっているのです」(坂口)。

2つ目はグローバル企業との連携のしやすさだ。冒頭の調査の通り、シリコンバレーは世界のスタートアップエコシステムをけん引し、非常に優れたスタートアップが数多く存在することから、競業を模索する日系企業の進出も相次いでいる。しかし、シリコンバレーのスタートアップは米国市場での展開を優先し、日本市場はその次に目指す市場と位置付けられている。それに対して、イスラエルは国内市場が小さいため、起業時点ですでにグローバル展開を目指しているケースがほとんどで、日本市場への関心も非常に高い。

そして3つ目が、BtoBのスタートアップが多く、日系企業との協業に相性が良い点だ。坂口は、「イスラエルはビジネスモデルに優れたスタートアップよりも、テクノロジーに強みを持つ企業が多いため、日系企業は自社との事業シナジーを検討しやすいケースが多く見られます。スタートアップとの協業を検討する上で、お互いWin-Winの関係をイメージしやすい点も、日系企業がイスラエルの企業に注目する大きなポイントです」と説明する。

事実、日系企業によるイスラエルのスタートアップへの投資やM&Aの動きは加速している。2018年中にイスラエルのスタートアップに対して投資を行った日系企業、またはベンチャーキャピタルは計18社に上り、投資金額は2016年の1.5倍となる約2億5000万ドルに拡大した。主な投資分野は、自動車関連(EV、コネクテッドカーなど)、サイバーセキュリティーをはじめ、AIテクノロジー、通信技術、IoTなど、各種ハイテク分野だ。

6200社以上のスタートアップから
日系企業のニーズに合う企業を検討

SNCは、こうした日本のニーズに対して大きな強みを持つ。SNCはイスラエルにおけるスタートアップのグローバル展開支援を目的として活動しており、6200社以上の国内スタートアップの最新情報を有し、政府や教育機関とのパートナーシップを生かして、金融、製造、医療などをはじめとした幅広い分野で協業を支援、イスラエル産業界の発展に貢献している。その活動の詳細についてカンデル博士はこう紹介する。

「SNCのデータチームは、新しい企業とその活動分野を特定し、既存の企業、投資家、学術機関、その他の研究センターをフォローアップして、イスラエルにおけるイノベーションのエコシステム構築を目指しています。 SNCのアナリストは、独自のデータに基づいて国内外の専門家と協議し、イスラエルの技術革新とその主要セクターの評価・分析したレポートを広く配布しています。他方、国内のベンチャー企業や投資家、多国籍企業、革新的技術に関する最新動向をまとめた無料のオンラインプラットフォームも構築・運営しています。ここを介して、イスラエル国内のスタートアップはあらゆる技術分野について情報収集・分析を行うことができますし、イスラエル企業との協業を模索する企業にとっても、イスラエルのイノベーションエコシステムへのゲートウェイになります」(カンデル博士)

今回の協業では、イスラエルのエコシステムと協業したい日系企業が現れた際に、アビームコンサルティングで協業の目的や戦略を明確化、その上で、SNCが把握している独自の幅広いネットワークからリサーチして、マッチングしていくというものだ。

「SNCは米国や欧州の多国籍企業とイスラエルのエコシステムを数多くつなげてきた実績があります。しかし、日系企業とのマッチング例は多くありませんでした。理由として、日系企業に固有の課題や戦略をうまく把握できていなかったことが挙げられます。イスラエル視察はしても具体的な成果に至らなかったのもそうした理由からで、その点をアビームコンサルティングとの協業で埋めていきたいと考えています」と坂口は意気込みを示す。

すでに先行事例も生まれている。東朋テクノロジー(愛知県名古屋市)が取り組む最新のデジタル技術を活用した新規事業開発を推進するため、IoT分野で強みを持つスタートアップをリサーチし、産業用ロボットの制御に関する独自の無線技術を持つイスラエルのスタートアップと、同社の業務提携をアビームコンサルティングは包括的に支援した。

またSNCとの協業発表後、多くの企業から問い合わせがあり、金融、保険、エネルギー、情報通信、小売、製造、自動車、食品、消費財など、幅広い業種の企業からイスラエルのスタートアップに熱い視線が注がれている状態だという。

マッチング支援だけでなく
日系企業を革新に導く

従来、日系企業とイスラエルのスタートアップとの協業のポイントとして、意思決定のスピード感の違い、日本とイスラエルの文化やマインドセットの違いにフォーカスするような言説が多かったが、アビームコンサルティングがこの取り組みを始めることの意義を坂口はこう話す。

「当社は、日系企業とグローバルスタートアップの協業を数多くサポートする中で、日系企業が検討すべき重要な観点やメソッドに関しての蓄積があります。スタートアップのテクノロジーやソリューションに関するバリューを理解する手法や、ビジネスへの活用検討の手法を整理することが、協業を推進するために重要な要因となることを私たちは理解しています。当社とSNCの枠組みの中でマッチングを支援するだけでなく、成功のメソッドを日系企業に普及させていくことも、重要なミッションであると認識しています」(坂口)

日系企業が、適切なスタートアップを見つけ、テクノロジーの価値を正しく理解し、ビジネスに昇華させていく。こうした成功体験がさらなる成功を生んでいくことが期待される。

最後にカンデル博士は、こう日系企業に呼び掛ける。「日本とイスラエルの間には大きな文化的違いがあり、両者の協業を阻害してきました。また、そもそも日本の大企業がイスラエルのベンチャー企業にアクセスすることは困難でした。アビームコンサルティングとの業務提携は、それぞれの強みを生かして、これを乗り越えようというものです。日本のビジネスに関する深い知識を持つ同社との提携によって、両国の企業の価値創造に貢献できることを大変光栄に思います」。

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