デジタル×ESG
非財務情報を顕在化し企業価値の向上を

※本稿は、アビームコンサルティングの「いま」をお伝えする広報誌『ABeam』2019-20年度版から一部記事を抜粋した内容です。

柳 良平氏, 今野 愛美

「日系企業の企業価値がグローバルの投資家から低く評価されているのは、ESG(環境・社会・ガバナンス)をはじめとした非財務情報の価値が顕在化していないため」。こう指摘するのは、エーザイの専務執行役CFO柳良平氏だ。非財務情報の価値を明らかにし、企業価値に結び付けている同社の取り組みを紹介するとともに、アビームコンサルティングとの協業によって見えてきた「デジタル×ESG」の可能性について、マネージャーの今野愛美が説明する。

重要性増す非財務情報
日系企業にプラス

従来の財務情報からは見えてこない、非財務情報の重要性が増している。

「かつては、財務諸表で企業価値のほとんどを説明できたが、いまやその有用性が薄れて、ほとんどがインタンジブルズ(無形資産)の価値だ」。ニューヨーク大学のバルーク・レブ教授は、2016年の著書『The End of Accounting』の中でこう指摘した。特にヘルスケアセクターを中心として、研究開発費を費用計上してしまうことに会計基準の最大の誤りがあり、IFRS(国際財務報告基準)でも、米国基準でも、日本基準でも、会計情報の有用性が薄れているという。

金融先進国である米国の会計士団体でさえも、財務情報から非財務情報にかじを切ったと言われている。IMA( 米国管理会計人協会) は2017年 、雑誌『Strategic Finance』の特集記事で、「無形資産の台頭」を取り上げた。今から40年以上前の1975年は、S&P500の市場価値に占める無形資産と有形資産の割合は約2対8で、企業価値の約8割が財務諸表で説明できた。しかし、非財務資本の重要性が高まるにつれて、2015年時点でその割合は逆転し、有形資産はもはや企業価値の2割弱の説明能力しか持たなくなったとレポートしている。

「近年、企業の事業形態が非常に複雑化する一方で、財務諸表には載っていないインタンジブルズ、すなわち目に見えない資本の価値の割合が大きくなりました」。エーザイの専務執行役CFOで早稲田大学客員教授を兼務する柳良平氏は、こう切り出した上で「このことは、日系企業の経営に対して、ポジティブなインパクトをもたらすと考えています」と語る。

なお本稿では、非財務情報、非財務資本、ESG(環境・社会・ガバナンス)、SDGs(持続可能な開発目標)、インタンジブルズを厳密に区別して定義することはせずに、これらすべてを近似する概念として取り上げていく。

柳氏は、「日本は美しい国、環境への配慮がある国、森林に囲まれた国であり、日本に生まれ育った日系企業は和を尊び、人を大事にする文化が根付いています。ですから非財務情報やESGは、日本人の経営者にとって非常になじみやすい概念であり、大きなポテンシャルを有しています」と話す。

グローバルな資本市場では今、ESG投資が急増している。資産残高は31兆ドル(約3350兆円)に上り、いまや資本市場に出回る資金の35%がESG関連ともいわれる。先行しているのは欧州だが、日本でも公的年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がPRI(責任投資原則)に署名してESG指数を採用、そこから潮目が大きく変わり、ESG関連の投資残高は過去2年で115%の急成長を示した。

「非財務情報の重要性が高まる中で、ESG投資の残高が積み重なるとともに、投資家の数も増加しています。彼らの視線が、潜在的なESGの価値が高い日系企業に振り向けられることになれば、企業価値を大きく向上させる蓋然性は高いと言えます」(柳氏)。

現状では顕在化しきれていない日系企業のESGや非財務資本の価値が正当に評価されれば、過去10年間のPBR(株価純資産倍率)の推移に照らして、日本は英国並みの約2倍にはなると柳氏は推測する。

非財務情報を顕在化し
いかに企業価値とするか

では、ESGや非財務情報の価値をいかに顕在化し、企業価値に結び付けていくか――。

「ひとことで言うと、ESGとROE(株主資本利益率)の同期化が求められます」と柳氏は言い切る。そうした結論に至った背景には、柳氏が早稲田大学の研究室で12年にわたって実施しているグローバルの投資家に対するサーベイの結果があるという。

「日系企業のESGの価値とPBRを指標としたバリュエーションの長期的関係についてどう考えているか」という問いに対して、外国人投資家の80% 以上が「ESGの価値の相当部分は、PBRに織り込むべきだ」と回答。また、「日系企業のESGと統合報告の開示についてどう考えているか」と聞くと、外国人投資家の75%が「資本効率とESGを両立して価値関連性を示してほしい」と答えている。

このことは、日系企業が非財務情報の価値を顕在化することができずにPBRが解散価値に等しい1倍前後で推移していること自体が、ESGとROEの価値の関連性を示せていないことを表しているのだという。「外国人投資家ははっきりものを言いますから、ESGのためのESGはダメだ、企業価値創造のためのESGを示してほしいと訴えているのです」(柳氏)。

柳氏はCFOとして、非財務資本とエクイティ・スプレッド(ROE-株主資本コスト)の同期化モデル(ROESGモデル)を提唱し、これを用いてエーザイのESGとROEの同期化を図ってきた。

そのモデルによると、株主価値はPBR1倍までの株主資本の会計上の簿価に、PBR1倍以上の市場が付けた付加価値を加えたものであり、このPBR1倍以上の付加価値がインタンジブルズ、すなわち「自己創設のれん」である。

柳氏が開発したモデルのMVA(市場付加価値)は、IIRC(国際統合報告評議会)による「IIRC-PBRモデル」の知的資本、製造資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本という5つの非財務資本と関連している。

また、「残余利益モデル」では、MVAはエクイティ・スプレッドの現在価値の総和に収れんすると考えられ、ここから、エクイティ・スプレッドによる将来の財務的な価値創造は、ESGをはじめとする非財務資本の価値と、MVA創造を経由して長期的には整合的で相互に矛盾せず、同期化できるという)。

⾮財務資本とエクイティ・スプレッドの同期化モデルの提案(ROESGモデル)

同期化モデルをはじめ
4つの論点から活動推進を

もっとも、こうした同期化のイメージは概念フレームワークにすぎない。見えない価値を見える化し、市場の信認を得ていくには、これだけでは不十分であり、以下の4つの論点をトータルで推進していく必要があると柳氏は言う。

1つ目は、このESGとROEをつなぐ同期化モデルを策定し、投資家に公表、議論すること。2つ目は、それを裏付ける証拠となるデータや実証研究を積み上げること。3つ目が、具体的な事例を統合報告書などで開示していくこと。そして4つ目が、その開示情報に基づいて、投資家とエンゲージメント(対話)を深めることだ。

「企業価値が非財務情報で構成されていて、それが顕在化するということが腑に落ちるには、やはり幹部同士のフェース・トゥ・フェースの面談が不可欠です。海外の機関投資家は受託者責任を負っていますから、生半可な投資の意思決定は行いません。そのために、エーザイのIRチームは年間800件、国内外の投資家とワン・オン・ワン・ミーティングを行います。足元の数字やプレスリリースの解説のような、ショートターミズムの面談も多いのですが、最近はESGにフォーカスした面談に変わってきています。この5年間で、5%程度だったものが30%超になったという印象です」と柳氏は明かす。

具体的な活動としては、決算説明会において「研究開発費控除前の営業利益」を「ファーマEBIT」として開示したことが挙げられる。先述の通り、医薬品業界における会計基準の最大の誤りは、研究開発費をあたかも埋没費用のように捉え、営業利益から控除してしまうことだ。研究開発費を無理やり削り試験を遅らせれば、目先の利益をかさ上げすることも簡単にできる。「新薬開発のための研究開発費は将来への投資であり、病気で苦しんでいる患者を一日でも早く助けたいという思いはESGそのものです。研究開発に積極投資すれば、営業利益やEPS(1株当たり利益)が押しつぶされてしまうというのは間違いであり、製薬会社の真の利益はファーマEBITだという考え方を打ち出して、積極的に開示してきました」(柳氏)。

もう1つは、ATM(医薬品アクセス)向上への取り組みだ。中でも注力しているのがリンパ系フィラリア症への取り組みで、症状を改善する「DEC 錠」を2020年までに22億錠、無償で提供するプロジェクトを進めている。蚊を媒介として感染するこの熱帯病は、発症すると足が象のように腫れて動けなくなり、寝たきりになって合併症を発症、毎年数千~数万人が亡くなっている。DEC錠は既存技術で容易に生産できるにもかかわらず、多くの製薬会社が提供してこなかった。背景に、アフリカをはじめ貧困層に属する患者が多く、市場が成立していなかったからだと柳氏は見る。患者第一主義を企業理念に掲げるエーザイでは、WHO(世界保健機関)と提携して無償配布を決定。期限を延長して、地球上からフィラリア症を撲滅するまで配布するとしている。

「このプロジェクトについては、株主価値に反するのではないかという批判も投資家からはありましたが、私の答えはノーです。価値創造のための投資だと考えています。当社はインドに自前の工場を持つ日本で唯一の製薬会社です。DEC錠はここで安価につくることができます。22億錠を大量生産することで設備稼働率が上昇し、現地スタッフの生産技術やモチベーションも向上しています。その結果、インドの離職率は15%と言われますが、当社のインド工場では5%程度にとどまっています。加えて、先進国から最先端の抗がん剤の生産をインドにシフトすることで、原価低減効果が生まれ、すでに2018年度実績で黒字化しています。さらに将来、新興国市場に進出する際のブランド価値なども考慮してNPV(正味現在価値)を計算すると、10年経過後は完全に黒字になります」(柳氏)。

こうした取り組みから、ESGとROEを同期化するモデルの実例と評価され、海外の年金基金など長期投資家からも支持が集まり、最近はESG投資家による投資も増えているという。

非財務と財務の融合には
経営管理の仕組み整備を

ESGや非財務情報の価値を見える化し、企業価値の創出に一定の成果を見せるエーザイだが、一方で課題もあった。さまざまなESGのKPI(重要業績評価指標)と企業価値との関連性を定量化し、正確に把握することだ。そのためには、社内外に散在する非財務情報を過去にさかのぼって収集し、財務データとの相関性を精緻に分析する必要があった。この課題を認識した柳氏が出合ったのが、アビームコンサルティングの提唱する「Digital ESG」だった。

「Digital ESGとは、ESGなど非財務の領域と経理・財務の領域を融合させ、経営管理の高度化や情報開示、エンゲージメントに活用していくというコンセプトです。実際のお客様への支援に向けて、概念を具体化していく必要がありました。エーザイさんの先端的な取り組みは、われわれと思いを同じくするものであり、同社のデータを使って、非財務データと財務データの相関性を分析するPoC(概念実証)がスタートしました」。アビームコンサルティングP&T Digital ビジネスユニットのFMCセクター マネジャー、今野愛美はこう振り返る。

PoCの概要は、100弱のESGのKPIについて、約10年さかのぼってデータサンプルを収集し、遅延浸透効果を考慮しながら、これがPBRにどのように効いているのかを分析するものだ。「人件費や女性管理職の比率、障がい者雇用率、健康診断受診率など、人に関するKPIの多くは、PBRに対して正の相関関係が認められました。また、研究開発費については、10年以上を経て正の相関を持つことも証明できました。医薬品業界のマテリアリティ(重要課題)のトップは、もちろん新薬開発ですが、研究開発や人の大切さも統計学的な有意性を持って証明されたので、非常に説得力のある分析結果が得られたと考えています」と、柳氏は取り組みの効果を説明する。

アビームコンサルティングでは、エーザイとのPoCで得た知見を、幅広い企業へ提供を開始した。見据えているのは、非財務情報を収集し、グループ企業間の共有も可能にする「データコネクション」、非財務情報を可視化し、経営層を含めて関係者がリアルタイムで確認できる「コックピット」、手元にそろった非財務情報が経営に与えるインパクトを解析する「アナリティクス」といったソリューションを「 ABeam Cloud® 」上で稼働させ、ESG経営を支える基盤の創出だ。現在、先行して非財務データの分析機能を切り出し、「クイックアナリティクス」として提供を開始している。こうして、より多くの企業が非財務情報を顕在化させてPBRを1倍以上に引き上げ、企業価値を向上させる支援を積極的に行っていく方針だ。

「『デジタル×ESG』で、日系企業は非財務と財務を融合させたマネジメントの仕組みや基盤を整備すべきだと考えています。対外開示があるタイミングだけではなく、定常的に経営層がウオッチするものの中に非財務データも含まれており、それを基に経営判断やステークホルダーとのエンゲージメントや開示を行うこと。これが、企業価値の正当な評価につながっていくと期待しています」。今野はこう期待を寄せる。

関連動画

Connected Enterprise® for Digital ESG (コンセプト動画)

https://youtu.be/v2GHDvWXNH8?rel=0

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