グローバル×デジタルで勝機をつかめ J-CSVで解き明かす日本企業の価値

名和高司 佐久間隆介

デジタル化が進み、これまで以上に迅速で的確な経営判断が求められる昨今、日本企業はどこを目指せばいいのか。J-CSVを提唱する一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 特任教授 名和高司氏に、アビームコンサルティングの佐久間隆介が話を伺った。

名和高司
一橋大学大学院 国際企業戦略研究科
特任教授

佐久間隆介
戦略ビジネスユニット
執行役員 プリンシパル

必要なのは本質に立ち返り自らの価値を見つめ直すこと

佐久間 昨今、世の中の流れを受けて、日本企業で主に進められているデジタライゼーションは、生産性向上のためにロボットを活用して効率化を図るような、既にある企業の強みを磨いていく段階ではないかと思います。しかし、デジタルディスラプションが頻繁に起きている現代では、それにとどまらず、例えばデジタルの波がどのように新規の市場を生むか、といった検討も必要と考えているのですが、先生はどのようにご覧になっていますか。

名和 確かに、デジタライゼーションは重要な外部環境の変化ではあるものの、あくまでも「How =単なる方法論」でしかないということです。日本企業がまず考えるべきなのは、本質的な「What=志(何を目指すのか)」のところです。世の中が変化するスピードに合わせて、企業のビジョンも時間軸を短く描きがちですが、日本企業の良いところのひとつは、長いスパンで物事を考えられる長寿性です。10年、30年ではなく、100年先を見据えることを忘れてはいけません。

佐久間 表面的なトレンドのキャッチアップに追われていては、近視眼になってデジタライゼーションが目的化してしまうということですね。私の関わりのある企業でも、「デジタル戦略を立てたい」「デジタルで何かイノベーションを生みたい」というオーダーがあります。そうしたケースでは企業として究極的に何を達成したいのか、を問わせていただく機会もあり、まさにご指摘の点を課題としている日本企業が多い印象です。

名和 そうです。どんなにデジタライゼーションが進んでも、アナログがゼロになるわけではなく、結局インプットする際の原型はアナログであり、人間との接点となる大切なところですからね。デジタルとアナログをうまく接合するためには、リアリティーに対する理解が大きく求められます。これは日本企業が培ってきた、物事を多面的に理解して五感に訴える、職人芸のようなセンスが問われる部分です。人間の動きや心理の変化を読み解く洞察力が必要ですから、一朝一夕で手にできるものではありません。

佐久間 日本企業の得意分野であると。

名和 グーグルやフェイスブックといった新興のデジタル企業と話をしていると、彼らが一番大事にしている人たちはSTEM(科学・技術・工学・数学の総称)ではなく、意外にも人文系の人たちであると言います。倫理学・社会学・心理学といった分野に精通している人たちこそ、自分たちのエンジンであり、そうした人間らしさをデジタルで表現しようとしているのだと。デジタルにとらわれすぎて、肝心なアナログの方を見失っていては、元も子もありませんからね。

佐久間 それでは逆に、日本企業の成長を阻む要因となっているのは、何でしょうか。

名和 やはりグローバライゼーションでしょうね。英語が共通語になるというハードルもありますし、海外に通用する経営手法に到達するまでには時間がかかります。だからこそ苦手科目として克服しようと取り組んでいるのですが、逆に私は、日本企業ならではの価値をグローバルに認めてもらうような立ち位置に立てばいいと思うんです。そうでなければ、現地スタッフを集めようとしても、現地企業に太刀打ちできません。なぜユニクロやデンソーで働いてくれるのか。それは日本的な特異性や日本的な経営の素晴らしさを評価してくれているからです。われわれの本質的なバリューに立ち返らなければ、グローバライゼーションは成立しないのです。

佐久間 デジタライゼーションに続き、グローバライゼーションでも、経営における本質的な志が問われているのですね。グローバライゼーションを意識したマネジメントシステムの確立・強化を目指す日本企業のご支援をしていても、シェアード・サービス・センター、ERP システムなどグローバルスタンダードな制度・組織・業務の「ハード面」が強調され過ぎていると感じます。当社としても、クライアントに対しての「ソフト面」すなわちその企業ならではの価値を問い、議論する場面をもっとつくるように意識しています。

名和 加えて、イノベーションにおいても同じことが言えます。そもそも、日本人は「イノベーション=技術革新」だと思っていますが、それは違う。事業モデル革新であっても、立派なイノベーションなのです。アップルを見てみれば分かるでしょう。アップルはスティーブ・ジョブズ以来、人間に対する洞察や美意識が優れているから、Ease of use(使い勝手の良さ)を磨き抜いたインターフェースに競争優位性があるのであって、技術的には決して先駆者ではないですよね。それでもアップルはイノベーションの代表格に挙げられている。要は、アップルらしさが評価されているわけです。

佐久間 日本企業も、もっと自分らしさを意識した方がいいということでしょうか。次のセクションの話題につながりますが、社会課題を起点として新たに取り組むべき分野を検討の対象にする日本企業が増えてきました。しかし、「働き方改革に資するテーマを」、「高齢化社会に資する事業を」など社会課題の捉え方がいまだ他律的で画一的な印象もあります。

名和 そうですね。世の中の流行語に流されずに、もう一度、本質に立ち返って自分たちの価値を見直すことにこそ、トレンドをキャッチアップするための答えが隠されているように思います。

 

日本企業はサステナブルだがスケーラブルではない 事業モデルの設計力を持ち世界を制覇する迫力を

社会課題の解決で企業価値を高める「QoX」を探せ

佐久間 先生が主張されているJ-CSV は、まさにトレンドに流されず腰を落ち着けて本来の企業の在り方を考える上で、非常に有意義なメソッドだと思います。あらためて、社会的価値と経済的価値の両方を追い求める意義を教えていただけますでしょうか。

名和 社会課題の解決が企業の価値を高める本質的な部分だとすると、その捉え方が大事ですね。マイケル・ポーターのCSVで着目しているのは、貧困層の救済モデルです。マズローの欲求段階説で言うところの一番下の部分、生死に関わるような生理的欲求を満たすビジネスをしようと。これは一つのテーマとして大事ではありますし、日本企業が特に新興国に進出していくなら避けて通れないテーマだと思いますが、そうした新興国もいずれ成長社会に入っていく。成長社会は、物質的な豊かさを追求する欲望経済が成立していた20世紀の日本をイメージすると分かりやすいでしょう。そして今、われわれの生きる21世紀の日本は成熟社会。マズローが亡くなる前に遺したと言われる欲求の第6段階である「自己超越の欲求」、つまり社会に対して役に立ちたいという欲求が生まれるフェーズに入っているのです。そうした視点で考えると、ポーターの指す社会的価値はToo Simpleであることが分かります。日本が課題先進国だと言われるのであれば、今、日本で考えられている高次な欲求こそ汎用性があるのではないか、というのがJ-CSVの考え方です。

佐久間 ジョン・マッキーが自身の著書『Conscious Capitalism』で述べているように、「美」「健康」「正義」といった人間の追い求める究極的な欲求が社会価値につながるのですね。そこでは、企業には収益性と社会的良心のバランスを保つ責任があると考えられていますが、日本企業が追求すべき社会課題には、具体的にどのようなものがあるのでしょうか。

名和 簡単な例で言えば、健康ですね。しかもヘルスではなくウェルネス。体の健康を求めるのは当たり前で、生きがいや帰属意識といった心の健康を促進する取り組みが挙げられるでしょう。日本人の特性として、地中海で暇に任せてクルージングの旅に出るといった非日常は不得意な一方、質の高い日常生活を送ることは得意としているはずです。世界から見れば、そんな日本人にとって当たり前の質の高い日常生活にこそ、社会的価値があるということに気付くべきなんですよ。

佐久間 過剰な贅沢はせず、清潔でバランスの良い衣食住、細やかな感性で物事に感動できる価値観、そんなところからさらなる高次の欲求を満たす製品やサービスの可能性がありそうですね。J-CSVの観点から成功している日本企業の例を挙げていただけますか。

名和 ではMUJIの例をご紹介します。ご存じの通り、わびさびを大切にした飾らない美学を追求しているMUJIの商品は、日本だけでなく世界各国で受け入れられています。そんなMUJIでは、「Found MUJI」という取り組みを始めていて、民族の知恵が詰まった日用品の中から、核となるコンセプトを取り出し、自分たちの価値観と組み合わせることで、新たな商品を生み出しています。こうしたハイブリッド性、あるいは和洋折衷は、日本人が古くから得意としてきたことですよね。日本流を押し付けるわけでもなく、現地に寄り添い過ぎるわけでもない。この芸当は、器用でなければできません。この器用さは、日本企業のグローバライゼーションにおいて、大きな強みとなるでしょう。

佐久間 世界中に点在する価値を、日本人ならではの視点や尺度で再発見し、アレンジを加えて提案するというのは、連続性もあって広がりもある手法ですね。

名和 私の著書『CSV経営戦略』(東洋経済新報社)の中にもあるQoX(Quality of X)の話で言うと、日本企業は質の良さを非常にしつこく追求しますが、これこそ、日本人の良さ。念のために言っておくと、クオリティーの正しい訳は、品質ではなく「質」です。サービスであっても、もちろんXになるわけです。ユニクロの例で言うと、Xはライフ。人々の生き方を豊かにし、より快適に変えていく究極の日常着って何だろう?というのが、ユニクロが提案する「ライフウエア」のコンセプトです。ユニクロはサステナブルで、自分らしい心地の良さを求める21世紀の成熟社会にフィットしており、20世紀の欲望経済そのものであるZARAやH&Mのようなファストファッションとは一線を画すことがよく分かるはずです。

 

長期的視点で自社ならではの目指すべき姿を明確化し日本人らしい「QoX」を追求することが必要ですね

日本企業が現状の競争を勝ち抜くポイントとは

佐久間 これまでに日本企業の強みをたくさん教えていただきましたが、私も日本企業の強みはハイブリッド性にあり、世界中のベストプラクティスをうまく取り込みアレンジすることで、自社の競争優位を確立・長期化させていくことだと思っていますし、当社としてもその強みがさらに磨かれるよう企業の皆様を支援してきたという自負があります。では逆に、日本企業の弱みについてはどのようにお考えですか。

名和 ポーターからもずっと指摘されていることですが、スケール感が足りないところでしょうね。職人芸で質の良い仕事をするけれども、世界のデファクトスタンダードを生み出せるほどの迫力が足りない。サステナブルだけどスケーラブルじゃないですね。多国籍企業であれば、何かしら世界レベルで戦えるものがあるはずなので、それを再現して他事業に展開するにはどうすればいいのか、もっと突き詰めてもらいたい。もし日本人だけでやるのが難しいなら、世界を制覇する迫力を持った華僑や印僑の人たちと組むことで、自分たちの良さを拡大再生産していくことが必要になってくると思います。

佐久間 せっかく良いものを持っているのだから、小さくまとまっていてはもったいない、ということですね。

名和 そうです。1から10にすることはできても、10から100にする力がない。事業モデルの設計力が乏しいんです。質が高く良いものを作っても、マネタイズする力がなければ、中小企業の寄せ集めのような状態から脱することはできません。そこは佐久間さんのようなコンサルタントの方を巻き込んで、知恵をつけていく必要があるでしょう。

佐久間 日本企業は大風呂敷を広げて、市場からの共感を得ながら経営していくのは苦手ですよね。

名和 そのためには、まず自分たちの良さに気付くところから始めないと。日本企業の質へのこだわりには想像以上のパワーがありますし、日本の価値観には世界でも通用するだけの高い共感性がある。自分の殻に閉じこもっていないで、自信を持って発信すればいいんです。島国根性で、陰徳善事なんて言っている場合じゃない。日本人同士だけで考えてブレークスルーが生まれないのなら、外国人やコンサルタントを巻き込んで、客観的に見つめ直す。ダイバーシティを強く意識することが大切だと思います。

佐久間 日本企業が現代の競争を勝ち抜くポイントは、トレンドに流されることなく、長期視点を持った上で自社ならではの「志」≒目指すべき姿を明確化すること。また、日本企業の強みであるハイブリッド性や器用さを生かし、日本人らしい「QoX」を追求すること。さらに、サステナブルで質の良い仕事をするのみならず、弱みであるスケーラビリティーを克服するために発信を増やし、多様な関係者を巻き込んでいくことで、社会課題の解決と経済価値の創出を両立させることだと理解しました。本日は示唆に富んだ貴重なお話をありがとうございました。

インタビュアー

佐久間 隆介

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