スポーツ支援:レーシングドライバー佐藤琢磨選手

アビームコンサルティングは世界に挑戦し続けるレーシングドライバー佐藤琢磨選手を応援します。

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信条は「No Attack, No Chance」

レーシングドライバー 佐藤琢磨

世界の2大フォーミュラカーレース「F1(フォーミュラ1)と 「インディカー」、両方の表彰台を知る唯一の日本人ドライバー。

Profile

1977年1月28日 東京都出身。
高校時代から自転車競技を始め、インターハイ、全日本学生選手権優勝など華々しい戦績を残した。しかし、幼い頃のF1観戦から芽生えた夢をあきらめきれず、鈴鹿サーキットレーシングスクール(SRS-F)に入門し1996年 レーシングカート・デビュー。2002年から2008年までF1に参戦、その間2004年アメリカGPでは表彰台に上がる快挙を達成。2010年からは活動の拠点をアメリカに置き、現在にかけてインディカー・シリーズに参戦している。

INDYCAR

北米最高峰のフォーミュラカーレース

インディカーシリーズは、米国で最も人気のあるフォーミュラカーレース。その頂点であり世界最速の周回レースである「インディ500」は、F1モナコGP、ル・マン24時間と並び、「世界三大自動車レース」に数えられる世界最大の名門レース。
米国・カナダで年間17戦が開催され、期間中に40万人以上の観客動員を誇るビッグイベントであり、世界147ヵ国で放送されるなど非常に根強い人気を博している。

Feature

F1のようにレーシングコースで行われる「ロード」、市街地コースの「ストリート」のほか、楕円形のコースを高速で周回する「オーバル」と幅広いタイプのコース設定と最高速度350km/hで繰り広げられる接近戦は圧巻。

Technology

環境への配慮からトウモロコシを原料としたエタノール燃料を初めて使用。北米のモーターレーシングでは最高レベルのテクノロジーを誇る。


主戦場はコースに! データ分析の「チカラ」をドライバーと共に発揮

アビームコンサルティングのデジタルアナリティクスの現場から

アビームコンサルティングはアメリカのトップチームとの連携により、独自の分析ツールを活用したドライビング解析・故障予測など、実際のレースのデータ収集・分析や最新のデジタルテクノロジーに対する知見の提供を行い、佐藤選手の更なる活躍を支援します。


レーシングドライバー 佐藤琢磨選手が講演

2016年4月、アビームコンサルティングは佐藤琢磨氏とパートナー契約を締結。2017年5月28日、同氏がインディ500で優勝された際、全社をあげて歓喜したのも記憶に新しいところです。
2018年2月16日、アビームコンサルティングの更なるグローバル化・新サービス/ソリューションの中心となる次世代リーダーを育成する部門「IES(Integrated Enterprise Solution)」の全体会に、佐藤琢磨氏をゲストとしてお迎えしました。その模様をご紹介します。

 

絶対に無理なことも、変えることができる。
この体験が「No Attack , No Chance」を生んだ

幼い頃より、とにかく車輪のあるものに強い興味を持っていたという琢磨氏。保育園では砂場や遊具で遊ぶのではなく、キックスクーターのような乗り物を1日中乗り回していたとか。そんな同氏がモータースポーツの世界に興味を持ったのは、1987年に父親に連れていってもらった、F1日本グランプリでした。
「10万人を超える観客とその熱気、そしてとてつもないスピードで走り抜けるマシーンたち…。すべてが自分の想像を遥かに超えていて。当時10歳だったんですけど、体中に衝撃が走り、その場に立ちすくんで動けませんでした。その瞬間、僕は夢をもらったんですよ、このとんでもないマシーンを操るドライバーになる夢を」
それからというもの、頭の先からつま先までモータースポーツ一色に染まった琢磨氏。とはいえまだ小学生だったので、F1ドライバーになる道筋など想像すらできない状態。ただスピードへの衝動は抑えきれず、身近に表現できる手段として自転車にのめり込んでいったといいます。
転機が訪れたのは高校3年生の時。受験に際してスポーツ推薦を目指そうと考えた琢磨氏でしたが、部活にも入っていなければ、インターハイなど公式の大会経験もない、箸にも棒にもかからない状態でした。また、そもそも通っていた高校には自転車部すら存在していませんでした。
学校に掛け合って部活の立ち上げを嘆願しましたが、まずは1年間のサークル活動で実績を作る必要があると言われ、でもそんなことをしていては、部活ができる頃にはもう卒業してしまう…。もちろん大会には出れるはずもない…。ということで、どうしても納得できなかった琢磨氏は、さらに交渉を重ねていきました。そのしつこいくらいの熱意に先生も親身になってくださり、根気強く学校側に掛け合ってくれた結果、特例として部員1名で部活が立ち上がることになったのです。
「その時に、自分の想いだけではまったく動かせないことも、先生に協力してもらうことで叶えることができたんです。やっぱり諦めずに熱意を持って伝えること、味方を増やしていくということは、もの凄く大事なことだと。そういう風に行動していけば、もともとはダメだったことも変えることができる、状況や人の気持ちってこういう風に変わっていくのか、ということを体感した瞬間でした」
まさにAttackすることで、大きなChanceを手にした琢磨氏。そこからさらに1人で練習していても成長できないと考え、自転車競技に強い他校の合宿に参加させてもらうという異例の状況を作るなどしながら、どんどんレベルを上げていきました。そしてインターハイに出場するどころか、優勝を手にすることになります。
「全国大会優勝というのは、本当に自分が思い描いていた最高の結果でしたし、夢のようなことでした。それが叶うなんてまさか半年前には想像すらできなかった。しかも決勝の日、僕が一番速かったわけでも、一番強かったわけでもありませんでした。
ただ普通に考えれば無謀と思われるような作戦に勇気を持ってアタックをしたことで、チャンスが生まれたんです。この経験は、その後もずっと心の支えになっています。これらの体験が、「No Attack , No Chance」と精神を生み出していきました」
部活すらなかった状況から、半年でインターハイ優勝を成し遂げた琢磨氏。この強烈な成功体験が、その後F1ドライバーへの道を切り拓く際の大きな後ろ盾になったといいます。

 

正攻法がダメでも考え抜き、
戦略立てて行動することで道は拓ける

「大学に入って1年目の冬、何気なくレースの専門誌を読んでいたところ、鈴鹿サーキットレーシングスクールの記事を見つけたんです。内容はスクールに入ると約8ヶ月間の特訓をして、そこで一番成績が優秀だった者にスカラーシップ(奨学金)が与えられるというものでした。それを見た瞬間、『これでレースへ道が拓ける! 』と興奮しましたね。
通常レースの世界は、小さい頃から英才教育を受けてきたドライバーたちがほとんどで、そういう環境になかった者が入るのは難しい世界なんですけど、これなら自分にもチャンスがある、と」
「しかし、スクールの選考は書類審査のみ。合格倍率は10倍、しかも唯一年齢制限に達し、レース経験も華々しい経歴もない僕が選ばれる可能性は、無に等しい状況でした。でも、なんとか道をこじ開けられないものかと思案し、説明会の質疑応答の際に『1分でいいから時間が欲しい、話を聞いて欲しい』と選考委員に面接を嘆願したんです。そのチャンスさえあればなんとかなる。自分なりの大きな賭けでした」
「そして協議の結果、希望者は面接を行うことに合意してくれたサーキット側の対応を受けて、会場中がどよめき、『ふざけるなよ…』という空気感に…。でも僕だけは満面の笑みを浮かべていました。
そして面接官にありったけの熱意を伝え、僕はモータースポーツ未経験者として唯一、そのスクールに入れてもらえることになったんです。そこからですね、F1ドライバーへの道が拓けたのは」

その後、見事にスカラーシップを勝ち取り、F1を目指してイギリスに渡った琢磨氏。最終的にF1ドライバーとして世界で活躍するまで上り詰めていきました。そして昨年には、インディ500優勝という歴史的な偉業を成し遂げたのです。
絶対に諦めず、勝つための戦略やプロセスを徹底的に考えて実行していく。さらに熱意とともにまわりを巻き込みながら、道なき道を切り拓いていく、まさに「No Attack , No Chance」の積み重ね、世界を勝ち抜いていった具体的なエピソードを語ってくださった琢磨氏。そのリアリティのあるお話の数々に、IESメンバー全員が大きな勇気をもらいました。
「夢はたくさんあったほうがいい。例えそのうちのひとつが、雲の上すぎて、道筋が見えないくらい大きな夢でもいいと思っています。それのほうが楽しい。そして、どうすれば叶うか、今は想像できなくても、まずは身近な目標を設定して、その目標を一つ一つクリアにし、自分の限界を突破していく。そうやって限界に挑み続けることで、気付いたら大きな夢も現実味を帯びてきて、いつしか叶えることができる。そして夢を掴んだとしても、次の大きな夢を目指して、再び限界に挑んでいくべきだと思います。
実際にぼくも、“2018年、インディ500連覇“の大きな夢を掲げています。100年を越すインディ500の歴史の中で、日本人で達成した人はまだいません…。だからこそ自分が成し遂げてみせよう! と。
皆さんもぜひ「No Attack , No Chance」を胸に、さまざまな困難に立ち向かっていってください!」

 

佐藤琢磨氏が手に持っているヘルメット。こちらは昨年、日本人として初めてインディ500を制覇し、歴史的偉業を成し遂げた際に、琢磨氏が実際に被っていたものです。

「これはまさに、あのインディ500優勝の瞬間に被っていたヘルメットです。タイヤカスやオイル、それこそ虫などの汚れがついたまま。
次の大きな夢に挑んでいく中で心が折れそうになった時、このヘルメットを見て気持ちを奮い立たせようと思い、あえてあの時のままにしています」

優勝の瞬間の熱気をそのまま詰め込んだ貴重なヘルメットに、会場中が釘付け。そして琢磨氏の指さす先には、アビームコンサルティングの青いコーポレイトロゴが見受けられます。

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