”新しい資本主義”時代における金融機関に期待される役割
~”社会的価値への対応”と”データ資本社会への対応”~

2022年5月11日

異業種からの参入やデジタル技術の進展など、激しい外部環境の変化にともない顧客のニーズが変化し続ける中、金融機関はビジネスモデルの変革が待ったなしの状況となっている。本インサイトでは、変化の激しい時代において、金融機関が対応すべき方向性として「社会的価値への対応」と「データ資本社会への対応」の2点に着目し、これを金融の視点から読み解き、金融機関における対応のポイントについて提言する。

 

1. 既に現れている”社会的価値への対応”

今日の社会・経済は、個人や企業が経済的価値を追求してきた時代を経て、多様な価値観を認めつつある。消費のあり方も「モノ」消費から「コト」消費、更には「イミ」消費へと変化してきている。「イミ」消費とは、商品やサービスのもつ文化的・社会的価値に共感して商品を選択する消費行動のことを指す。実際に、この「イミ」の代表例である「社会的価値への対応」を目的とした事業開発相談が、昨今クライアントから多く寄せられている。例えば、高齢化を見据えたヘルスケア事業の開発や地方創生に繋がる地域コミュニティ活性化、さらには、電力の地産地消に向けた事業化検討などである。
こうした議論を通じて、クライアントが将来的な社会の担い手である新たな価値観を持ったZ世代の台頭を念頭に置きながらも、社会問題の当事者としてこれらの課題解決を目指したいという新たな価値観が、クライアント自身の中に拡がっていることを感じている。
金融機関においても既存のファイナンススキームを活用したソーシャル・ボンドやグリーン・ボンドなどによる支援(図1)に加え、新たに「カーボンニュートラル取組支援コンサルティングサービス」など、必ずしも足元の収益性を優先するだけではない中期的な視点に立ったサービス提供が広がっている。

図1 ESG関連資金調達推移*1

図1 ESG関連資金調達推移*1

2. 共創を中心とした”データ資本社会への対応”

また今日、我が国ではデジタル庁の設置に見られるように、官民ともに急ピッチでDXに取り組んでいる。金融機関においても、紙帳票の電子化や訪問販売のオンライン化(Digitization)に始まり、AIを活用した訪問販売最適ルート提案やAIチャットボットの導入(Digitalization)、さらにはデジタルを活用したビジネスモデルの変革や新しい価値の創出(Digital transformation)を目指して、金融の機能単位に分解したサービスを、最良な顧客体験の提供に向けて統合(リバンドリング)するなど、ビジネスのあり方そのものの見直しを含めた取り組みを進めている。
加えて、GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)といったプラットフォーマーが、自身のサービスを通じて獲得したデータを活用し、安価(もしくは無償)で顧客への付随サービスとして金融サービスを提供する流れがあるように、既存の金融機関においても、デジタル化に伴い新たに獲得したデータを新たな資本として、異業種企業を含めた他社との共創による新たなサービス創出などの検討を進めている(図2)。

 

図2 データ資本社会への対応に向けた金融機関の取り組み*2

図2 データ資本社会への対応に向けた金融機関の取り組み*2

このように、今日の金融機関では「社会的価値」と「データ資本社会」への対応に向けて既に取り組みが進められてきているが、ここからは、それぞれのテーマについて、金融機関の視点から今後とるべきアクションについて考察する。

 

3. 社会的価値への対応———新たなビジネスモデルへのチャレンジ

昨今の気候変動対応への課題に対し、既に多くの民間金融機関は、自主的な気候関連情報の開示に加え、自社におけるGHG(温室効果ガス)の削減(Scope1)として社用車のクリーンエネルギー化、店舗電気などの再生可能エネルギー由来電力への切り替え(Scope2)、さらには、投融資先の排出に対する対応(Scope3)など、国際的な脱炭素への要請に対した取り組みを進めている。
一方で、気候変動問題は数ある社会的課題のうちの1テーマでしかない。少子高齢化を筆頭に課題先進国と呼ばれる日本においては、急速にサステナビリティに対する機運が高まることが予想され、金融機関として従来の枠組みを超えて何ができるかの検討が重要となってくる(図3)。

 

図3 サステナビリティの定義と分野

図3 サステナビリティの定義と分野

例えば、複数のサステナビリティ分野にまたがり、かつ、人口減少や高齢化を見据えた地方創生テーマとも関連が深い、サーキュラーエコノミーはその一つである。
サーキュラーエコノミーは循環型経済と訳されるが、その本質は、所有から利用への転換にある。このトレンドの一環として挙げられるサブスクリプション型ビジネスは、音楽や動画といったデジタルコンテンツにとどまらず、家電や自動車、さらには住居にまで広がりつつある。このような事業を手掛ける企業に対し、金融機関の融資がどのように変わるかというと、企業が保有する資産に対する従来からの与信に加え、その企業がユーザーと交わしているサブスクリプション契約(=サービス)の収益性に対して与信判断を行うことが必要となってくる。これには、企業が提供するサービスの収益性として、利用しているユーザー数や属性を踏まえた将来的なキャッシュフローの評価に焦点を当てることが重要になり、そのための評価フレームワークの開発などが重要になると考える。

このように、金融機関が投資家から要請される社会課題への対応に当たっては、カーボンニュートラル対応や循環型経済実現といった個々の課題解決に向けた対応だけにその範囲をとどめず、チャレンジの中で新たな事業機会を創造・拡大していく発想が重要であると考える。

 

4. データ資本社会への対応————シームレスな価値の流通を目指す

今後ますますデジタル世界における人々の生活時間が増加し、経済の重心が今以上にデジタルにシフトしていくことが予想される。COVID-19はこの変化を加速し、リアルに人と会う機会が減る一方、オンライン上でのコミュニケーションが増えるにつれ、デジタル上で過ごす時間を大切にするように、人々の志向が変化してきているともいえる。これを裏付ける一つの象徴的な話がある。Epic Gamesが販売・配信するオンラインゲームFortniteでは、ゲーム内で使用できるコスチューム(スキン)は30~50億ドルの収益になっており、これは、世界的なハイブランドであるPRADAの収益を上回るとも言われている*3。このことは単に、人気ゲームの課金額が増えているという表層的な理解にとどまらず、X世代やY世代の筆者らが様々なブランドの洋服を着て外出するように、デジタル接続時間が長時間化しているZ世代を中心に、デジタル上の“暮らし”に対する経済が生まれていると捉えるべきである(図4)。

図4 主なメディアの平均利用時間推移*4

図4 主なメディアの平均利用時間推移*4

このように考えると、「デジタル上での快適な金融体験とは?金融はどのようにその体験を支えるか?」という問いに対し、金融機関は、自身の役割を考えることが重要であると考える。店舗やATMなど固定費を前提とするリアルのリテールビジネスは収益性が小さく投資性向が小さくなりがちであるが、実態経済に通貨を流通させることでその発展を支えてきたように、デジタル上の経済に新たな価値を流通させ、その発展を支えることで、新たな事業の柱を作り出すことが必要であると考える。先般、自民党は「NFTホワイトペーパー(案) Web3.0時代を見据えたわが国のNFT戦略」*5を公表し、この中で銀行グループの業務範囲規制に対し「過度に保守的にならない運用を確保すべき」と提言している。実際の規制緩和までには相応の時間がかかると想定されるものの、今から確かにその歩みを始めておくべきである。
一つの具体的なアイデアとしては、複数のコミュニティやバリューチェーン、プラットフォーム間でシームレスに価値を流通させる仕組みの検討である。例えば、アビームコンサルティングでは近年、地方創生の課題解決の一つの手段として、デジタル通貨発行の相談を複数受けている。これらはそれぞれのコミュニティの活性化を目的としつつ、従来のクーポン・振興券をデジタル化しただけにとどまらない付加価値の提供や他のコミュニティともスムーズに価値交換が行われることを狙いにすることが多い。実際、前述のホワイトペーパーの中にも「複数のメタバースサービスでデジタル資産を相互利用する際に必要なる仕組みの共通化に向けて、日本の事業者がデファクトスタンダード確立に向けた、国際的な議論をリード」するよう政策提言されている。実現に向けては、技術的な課題だけでなく、制度面や税制面など多岐にわたって解決すべき課題があるが、デジタル上での快適な暮らしに向け、我々が金融機関と一緒に解くべき課題だと考えている。
いずれのテーマも、近年注目度が高まり調査研究を継続していくテーマである。アビームコンサルティングでは、金融分野やDXに精通した多種多様な人材がこうした新たなテーマへのチャレンジに取り組んでおり、クライアントやパートナー企業との事業創造の検討も始めている。興味・関心がある方は、是非お問い合わせいただきたい。

  • *1:Bloomberg NEFをもとに当社修正。なお、それぞれの定義は次の通り「グリーン・ボンド:グリーンプロジェクトに要する資金を調達するために発行する債券」「グリーン・ローン:グリーンプロジェクトに要する資金を調達するために用いる融資」「ソーシャル・ボンド:衛生・福祉・教育などの社会的課題の解決に資する事業(ソーシャルプロジェクト)に要する資金を調達するために発行する債券」「サステナビリティ・ボンド:債券の発行代わり金の資金使途が、地球環境および社会化課題解決双方に資するプロジェクトに限定されている債券」
    *2:各社IR資料をもとに当社作成
    *3:https://www.voguebusiness.com/technology/the-fashion-execs-guide-to-the-metaverse
    *4:情報通信白書(令和3年版)_全世代平日1日における主なメディアの平均利用時間
    *5:https://www.taira-m.jp/NFTホワイトペーパー案20220330.pdf

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