現場の課題解決に貢献するIoTが日本のものづくりを元気にする

橘 知志 渡部 敦史

「ものづくり大国日本」は、いま大きな転機を迎えている。グローバル市場での競争が激化する中、いかに新たなイノベーションによって優位性を確保していくか。そこにIoT(モノのインターネット)を活用した現場の改善の可能性はあるのか。さまざまなプロジェクトや実証実験の経験、知見や気づきを基に、日本の製造業の競争力再発見のヒントを探る。

橘 知志

P&T Digital ビジネスユニット IoTセクター長
ディレクター

渡部 敦史

P&T Digital ビジネスユニット IoTセクター
マネージャー

ICTでものづくりを強化スキルをパッケージ化して世界の市場に発信

いまさら言うまでもなく、日本のものづくりにおいて中小企業は、非常に大きな役割を担っています。小さな町工場の特許技術が、世界の最先端機器を支えている例はたくさんあります。しかし、これからグローバル市場での競争を勝ち抜くためには、企業間で強みを持ち寄り、さらに競争力を高めていく必要があります。しかし、企業規模を問わず、日本の製造業は企業間でつながることが得意ではありません。それぞれに独創的な技術やノウハウを持ち、個性豊かな製品を創り出してきた自負が、協業の足かせになることがあるからです。

企業個々の良さや強みは生かしつつ、どのように変革していくのか。ここに、ICTを活用して、日本発のものづくりのリファレンスモデル(業務シナリオやプラットフォームなど)を開発しようとするIVI(Industrial Value Chain Initiative)の取り組みがあります。

IVIは、企業がそれぞれの立場で参画しながらICTによって協業を可能にし、日本の製造業の新しい競争力を開拓しようとする団体で、大手から中堅・中小までの製造業とITベンダーやコンサルティング会社など、約200社が会員となっています。

最大の特徴は、リファレンスモデルだけでなく、実際の製造現場で実証実験を行うことによって、実のある研究・議論を進めている点で、アビームコンサルティングもサポート会員としてこれに関与してきました。

実証実験で大きな成果を挙げたのが、製麺業界におけるIoTを活用した業務改善と、ソリューション化の試みです(コラム参照)。

製麺設備メーカーはIoTを活用し、より高品質な麺を安定的に生産できる設備とそれによる業務改善を、顧客である製麺会社に提供することで、競争力強化につなげようとしています。一方の製麺会社も、高品質な製品を安定して生産できる設備を導入できれば、自社製品のロス低減や品質向上につながります。

IoTでデータを収集・解析 定量的な事実を導き出し業務改善を達成

実証実験では、製麺会社の製造ラインの設備に新たなセンサーを取り付け、設備制御装置を介してさまざまなデータを取得。それらがクラウド上に収集・蓄積され、そのデータを活用し当社によるデータ活用のコンサルティングが行われました。

今回の分析ポイントは、「設備の安定稼働」と「製品品質の安定化」の2つです。小麦粉や油など有機物を扱う食品製造では、製造環境によって材料そのものの状態が刻々と変化し、製品品質を均一化することが難しくなります。今まで職人の経験や勘に頼っていた工程を、IoTにより客観的なデータを収集・分析し、定量的な計測結果との関係性を解析。それによって問題点と原因を抽出し、解決方法を導き出します。

例えば、製造ラインのモーターの挙動を分析したところ、現場のベテラン従業員は、生産を始めてから状態が安定するまでに1時間かかると思っていたのですが、実際には2時間かかることが判明しました。こうしたデータ活用が設備の安定稼動を実現し、より高品質で安定した製品製造につながるのです。それが業務改善、ひいては競争力強化になることを実証できました。

現場の「カイゼン」気質とIoTが日本の新しいものづくりの環境を創出する

今回の実証実験で、データによる業務改善の有効性を証明できたわけですが、それ以上に大きな成果は、ものづくりの現場に「課題解決に必要な考え方やアプローチ」を示せたことです。

欧米の製造業では、労働者のスキルが高くなくても、「このマニュアル通りに作業せよ」と指示すれば仕事は回ります。一方、日本には「みんなで現場を良くしよう」という 、いわゆる「カイゼン」のDNAが根付いています。このためマニュアル通りの「オペレーション標準化」よりも、各人が自分で考える力や課題を解決するスキルを会得し、初めて出合う問題でもその都度ベストの解決方法を探っていく方がうまくいくのです。

この「自ら考え、行動し、解決する」能力にIoTなどの技術を掛け合わせ、課題発見から解決までのPDCAを現場が迅速に回していけるようになれば、経済産業省の提唱する「Connected Industries」も視野に入ってきます。これこそが、新しい日本のものづくりの在り方だと考えます。

また今回の実証実験では、「課題解決のベストプラクティスと製造設備」、つまりソフトとハードが一体になったパッケージソリューションという発想も生まれました。製麺設備メーカーでは、将来的にはこれを国内外の顧客に向けて、日本発のものづくりソリューションとして提供する可能性も検討中です。

IoTというと、リアルタイムにデータを収集・分析して、その結果をダッシュボードで「見える化」するといった側面だけが注目されがちです。しかし、見える化だけでは足りません。そこから価値ある情報を発見し、どのような課題を解決していくかが、製造業には必要です。この「課題発見から解決までのPDCA」の実現に、アビームコンサルティングも大いに貢献できると確信しています。

 

CASE STUDY

IoT実証実験事例

設備メーカーと製麺会社の連携でIoTデータに基づく製造工程の改善を実現
株式会社大竹麺機/イトメン株式会社

1880年の創業以来、130年余りの歴史を持つ大竹麺機は、製麺のあらゆる工程を網羅するハードウエアおよびサービスを提供。日本国内の圧倒的なシェアに加え、世界30カ国以上に「OHTAKE」ブランドの設備を輸出している。
製品を開発・製造・販売するだけでなく、設備納入後の運用ノウハウ提供やサポートなども含めた「トータルソリューション」化によって、自社製品の付加価値を高めたいと考えた同社では、製麺会社であるイトメンの協力の下、実証実験に着手。アビームコンサルティングによるICTでの技術支援やデータ活用の支援を受けながら、IoTにより製造工程のデータを収集・分析。ベテラン従業員の経験値や官能評価に依存しがちだった製麺工程に客観的なデータ活用を取り入れた。現在も、設備・製品品質の改善を目指してPDCAサイクル実現に取り組んでいる。

執筆者
橘 知志
橘 知志
Satoshi Tachibana
DXI ビジネスユニット長

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