COVID-19が突きつけた
生命保険会社の「スタンダード・シフト」

 

エンタープライズ ビジネスユニット
黒島 浩一
多鹿 健介

 

「新型コロナウイルス(COVID-19)によって生命保険会社はどのような変化を求められるのか?」これまでの保険業界が求められてきた変革/競争に加えて、COVID-19収束後の生命保険業界で生き残るため、この問いに対する答えを導くことは急務であると考える。本稿では、生命保険会社がこれまで「当たり前、あるいは、業界の常識」としてきたことが変化することを「スタンダード・シフト」と称し、生命保険会社インタビュー*、および、インターネットリサーチ**を実施した。この結果から得られる事実を踏まえて「価値観」「場所」「人材」における「スタンダード・シフト」に対するアクションの方向性を考察する。

  • *2020.5 新型コロナウイルス感染症に関する生命保険会社インタビュー(参加保険会社18社)
    新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、生命保険業界における課題やその対応の状況把握を目的とし、インタビューを実施。

    **2020.9 New Normal 生命保険に関連する顧客リサーチ(20~85歳男女/全国)
    コロナ禍を経験した顧客の一般的な価値観、生命保険に関する認識/期待/選好の変化を定量的に明らかにするため、リサーチ会社を通じてWebアンケートを実施。

1.「短期間で顧客の価値観は変化する、今後もこの変化は起こることを覚悟する」

これまで、生命保険業界においては、商品開発、顧客利便性向上に寄与するビジネスプロセスの変更を比較的中長期の観点で進める傾向があった。その背景には、生命保険という100年以上継続するビジネスモデル、長期的契約の商品性、過去との連続性を重視するといった特性がビジネスのベースにある。
COVID-19で世の中はあらゆる面で大きな影響を受けた。価値観の変化に目を向けると7割の顧客がCOVID-19によって「自らの意識に変化があった」と認識している。このことは「半年に満たない短期間であっても顧客の価値観は容易に変化する」と認識する必要性があることを意味する。予期せぬ社会構造の変化をきっかけに短期間での価値観変化が再び起こる可能性を覚悟することが、マーケット戦略における「スタンダード・シフト」であると考える。

図1: コロナを通して意識や考え方、行動に変化があった内容

図1: コロナを通して意識や考え方、行動に変化があった内容

ビジネスの起点が顧客であることを踏まえると、激しく価値観が変化した(あるいは変化する)顧客に対して、1年以上かけて準備した施策がまったく通用しないという事態が起こる可能性がある。そういった環境においては、短期間で対応を変化させ施策を展開できる生命保険会社が、マーケット競争において圧倒的に有利なポジションを築けるだろう。生命保険会社が感じる「変革を阻害する要因」は、システム構成や組織文化など数多く存在するが、安易に「保有契約があればしばらくは安泰」と考えて何事もないことを願って過ごしてはならない。

「スタンダード・シフト」を踏まえて有効と考える具体的行動を3つ考える。
① 顧客の価値観・期待値が常に変容し続けることを前提とした仕組みを持つ
顧客の価値観や期待値が変化し続けることを前提に顧客変化の仮説を常に最新化し、投げかけて反応を得る仕組みを持つことが有効だ。マーケティング調査や顧客接点の充実(デジタル接点を増やす)により情報収集することで、常に顧客ニーズをアップデートし有効なアクションをタイムリーに打つことができる。(参考:関連弊社支援メニュー: A,B)

② 外部リソースを自社リソースのように使いこなす
半年単位の変化を常にキャッチアップし続けることは個社の力では限界がある。すでに取り組まれていることでもあるが、イノベーションに関する鋭いアイディアを持つスタートアップ企業との連携、業務改革といった特定領域に経験豊富な外部コンサルタントの起用など、自社のケイパビリティとして使いこなすことが一層重要だ。

③ 本来競争相手である他生保であっても双方が利益を得るなら躊躇なくコラボレーションする
これまで生命保険会社には商品供給などで他生保協業の実績があるが、それ以外でも同業他社と協力すると個社単体の活動と比較して多くの成果が上がる可能性がある。例えばより多くのデータを共有することで顧客行動予測の精度を高め、両社の施策におけるPDCAの短期化を可能とするといった領域だ。

2.「”場所”の概念はもはや存在しない、顧客にも、社員個人にも」

「リモート環境をどう整備するか?」といった課題に現在悩んでいる生命保険会社が存在するかもしれないが、COVID-19でのビジネス環境の変化を踏まえると、遅れを取っていると言わざるを得ない。顧客は自身が得たい情報を得ることができれば場所や手段を問題にしていないからだ。
これまで対面を選好していた顧客はその割合を大きく下げたことから、今後さらに対面選好はある程度まで減少していくと予想することは自然だ。加えて、生命保険会社に求めるコミュニケーションは「1時間以内、3回以内」と回答していることに対して、(提案を例に)ニーズ喚起からクロージング手続きまで合計3時間で完結することは通常難しく、非対面コミュニケーションが加わることを無意識に前提としていると言える。既に主戦場は生命保険会社にとって「対面していない時間」にあり、場所にとらわれない顧客とのコミュニケーションを進めることを考えるべきだ。

図2: 顧客のチャネル選好の変化

図2: 顧客のチャネル選好の変化

図3: 顧客が求めるコミュニケーション頻度

図3: 顧客が求めるコミュニケーション頻度

「場所」の概念に囚われた顧客コミュニケーションは、「場所」の概念がないコミュニケーションに比べて情報量/質/スピードすべての面において不利を強いられ、将来の契約数に大きく影響を与える。社員個人にとってはより安全な職場環境を求める気持ちが高まり、オンサイトを前提とした会社組織との信頼関係を高めることができず、再びパンデミックに遭うと募集業務を中心に事業継続ができない、あるいは多額の追加コストを払うことを余儀なくされる。オンライン/オフラインといった議論はもはや不要で、全てはオンラインをベースに思考することが「スタンダード・シフト」と言える。

「スタンダード・シフト」を踏まえて有効と考える具体的行動を2つ考える。
① 「場所」の概念を無くした顧客接点を再構築する/顧客コミュニケーションを見直す
今すぐにできることは、「場所」の概念を無くした顧客接点再構築/顧客コミュニケーションを見直すことだ。対面していてもしていなくても、会社にいても自宅にいても、あらゆる場面/方法で必要なことができる環境を構築することで、生産性を上げる姿を描くべきである。(参考:関連弊社支援メニュー: C,D)

② 「場所」の概念を無くしたプロセスを常に最適化する
あるべき姿に向けた改革へ踏み出したら、蓄積したオンライン上のデータを解析し、常に最適化された状態に改善される仕組みを持ち、「成果は数字で把握し、改善することが当たり前」と全社員が文化として認識して改革を進める。(参考:関連弊社支援メニュー: E)

3.「重要視すべき人材像は変わる、緊急事態で実感した」

これまで、契約事務がビジネスの中心にある特性上、規定のビジネス概念や枠組み/ルールの中でより多く効率的に処理を行うことを重要視してきた業界であるが、「スタンダード・シフト」を踏まえると、保険会社が重要視すべき人材像は大きく変わると考えることが自然である。
パンデミックが発生し、緊急事態によって勤務時間を自宅で過ごすことが必要になった社員の中には、インフラ問題もゼロではないが、アウトプットができず生産性を大きく落とし、事実上の自宅待機となった例を確認している。

<生命保険会社コメント>

生命保険会社コメント

これまでも「働き方改革」は2010年代以降、日本政府が掲げる施策に従い、従業員ひとり当たりの生産性向上、離職率の低下、従業員満足度の向上などを目的に生命保険会社でも「週1テレワーク」など取り組んできた。真の「働き方改革」は「社員の要望を聞く」ことではなく、場所がどこであっても、環境がどう変わろうとも会社が求める生産性を常に発揮し続けることができる社員と、社員の貢献を正確かつ合理的に評価し、濃淡をつけて成果に報いる両者のプロフェッショナルとしてレベルの高い関係性によって業務を遂行する姿を言う。ある金融機関では、社員が自ら役割を提案、それに自らをアサインする仕組みを制度化し運用を開始させるなどの動きがある。「社員自らが能動的に課題認識を持ち、解決を自らが担うことを提案することでポストが設定される仕組み」である。

真の「働き方改革」を実践できる社員が抱える不満を想像できるだろうか。場所や環境、役割が変わっても能動的に生産できる優れた人材は、形式上採用されるテレワークで「姿を見かけない社員」の分までアウトプットする必要があるにも関わらず、待遇面は変化がなく評価につながらないどころか、改革に迫られる会社のミッションを担って業務終了時間がさらに遅くなる。この社員が同レベル以上の待遇かつより高いレベルで業務を進める環境(会社)が他にあることに気付いた場合、退社を検討しても会社は引き止めることができないだろう。

「スタンダード・シフト」を踏まえて有効と考える具体的行動を2つ考える。
① 目指す姿を実現した人が評価される制度の導入
今すぐにできることは、重要視する人材像を具体化し、目指す業務遂行の姿を定義することだ。しかし、目指す姿を定義することより困難なのは、企業規模や環境によって膨大に存在する実行における論点に立ち向かうことである。ルールや規定を作ることは制度導入の第一歩に過ぎず、スキルの定義からチェンジマネジメントまで論点は多岐にわたる。(参考:関連弊社支援メニュー: F)

② 能力/意欲ある社員への機会提供
仕組みにおける改革を進めると同時に重要視すべきは教育・育成コンテンツの充実である。全社員(場所を問わず)がその姿に近づくための機会を提供し、改革を継続することが重要だ。社員が成長すると同時に提供される機会/コンテンツも成長することが求められ、社員の現時点におけるレベルに合わせてコンテンツを充実させることは、結果的に最小の機会提供コストになる可能性が高い。(参考:関連弊社支援メニュー: G)

COVID-19によって突然「本番」がやってきてしまった。
我々は、「スタンダード・シフト」を好機と捉える生命保険を支援する準備ができており、クライアントと変革を推進することで新たなサクセスシナリオを共創したいと考えている。

  • A) Insurance Market Research:生命保険に関するインターネット代理店/顧客リサーチ支援
    クライアントが狙う顧客に保険特有の仮説から切り込み、独自の顧客ニーズを把握
    B) Advanced Insurance Digital Marketing:生命保険デジタルマーケティング支援マーケティング媒体の特性を踏まえて、保険カスタマージャーニーのあらゆる場面毎にアプローチができ、微細な変化もデータで蓄積
    C) Insurance Electric Commerce:生命保険ECサイト的活用構築支援
    eコマースの概念を保険に取り入れた顧客接点プラットフォームであり、主に営業職員マイクロサイトをはじめとした顧客接点、および、保険販売ライブコマースといったコンテンツ提供で構成、あらゆるデジタル行動データを蓄積して捕捉/分析(営業職員や代理店とお客様をつなぐAIマッチングを活用)
    D) Insurance Work Style Reformation:生命保険戦略的働き方改革支援
    「場所に依存しないマネジメント」、「効果と生産性」、「プロセスデジタル化」の3点を主要論点に設定する改革アプローチ
    E) Insurance Business Process Mining:生命保険プロセスマイニング支援
    プロセスマイニングは自動でデジタル上のイベントログを収集し、客観的かつリアルタイムにボトルネックの可能性があるプロセスなどを定量化、プロセス最適化へのアクションを導出
    F) Insurance Talent Management:生命保険タレントマネジメント支援
    弊社独自のスキルフレームワークをベースに、プラットフォームでの管理を通してスキルとゴールのギャップを明確化し、客観的なスキル診断の効率化、キャリアプラン策定促進、全社視点で管理
    G) Insurance AI Training Solution:生命保険AIトレーニングソリューション導入支援
    スマートフォンやタブレットを使って営業職員がいつでも自分の都合のいい時間にトレーニングに取り組む環境を実現、常にトレーニングシナリオが追加/最新化され、トレーニーのレベルに合わせてAIがトレーニングメニューを自動で調整、研修習熟度などは全社レベルで共有する仕組み

問い合わせ先:
エンタープライズ ビジネスユニット シニアマネージャー
多鹿 健介
JPABFSIMarketingDL@abeam.com

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