カーボンニュートラル実現に向けた
GX(グリーントランスフォーメーション)戦略

第5回 GX戦略を実現化するエネルギーバリューチェーン変革 [3]

 


山本 英夫

産業インフラビジネスユニット
エネルギー担当 
ダイレクター

 

前回のインサイトでは、2050年カーボンニュートラル実現に向け「エネルギー供給事業者」に求められるエネルギーバリューチェーンの一つ目の変革テーマとなる「電力小売+DSFスマートバンドリング」ビジネスモデル構築について解説した。
今後の市場環境においては、電力小売とDSFの2つのビジネスを、デジタル技術を活用することでバンドリングし、「顧客中心」のビジネスモデルを構築することが競合企業との差別化のために重要な戦略となる。
今回のインサイトでは、2つ目の変革テーマである再エネ電源とDSFとの統合による「エネルギーコミュニティ」構築について解説していく。

いかに需要家に対して安定かつ低価格の再エネ電力を供給するか

今後、2050年カーボンニュートラル実現に向け市場がシフトしていくことにより、エネルギー需要家企業におけるGX実現のための再エネ調達ニーズは確実に拡大していく。

現時点においてエネルギー供給事業者が需要家に対して再エネ電力の提供ができるオプションとしては以下の4つがある。
①オンサイトPPA(Power Purchase Agreement、以下同じ)
②オフサイトPPA 
③コーポレートPPA
④再エネ電力メニュー

図1 エネルギー事業者が提供可能な再エネ提供メニュー

図1 エネルギー事業者が提供可能な再エネ提供メニュー

需要家企業の経営的視点からは「エネルギーコストの低減とCO2排出低減の両立」に対して強いニーズがある。電力小売事業者としては「④再エネ電力メニュー」を提供することは当然であるが、FIT/FIP電源の調達は卸市場価格連動となるため、需要家の視点からは再エネ調達価格が毎年変動するリスクがある。そのため競合他社との差別化のためには需要家に対して長期固定価格にて再エネ電力を供給できる①〜③のスキームでのサービス提供が重要となる。

ただし、①〜③のスキームの場合、非インセンティブ型(FITやFIPなどの再エネ導入支援制度に依存しない方式)での再エネ電源開発が必要となる。つまり、再エネ設備投資の事業採算性を確保するためには現行の需要家における電力契約価格よりも低価格で電力供給することが必須になる。現時点での再エネ発電原価から判断すると太陽光発電のみが非インセンティブ型で供給可能な再エネ電源となりうる。
しかし、太陽光発電は2012年のFIT制度導入以降、既に約55.8GW導入(2020年3月現在)されており、今後大規模な太陽光発電を開発し事業採算性を確保できる事業用地は限定的であると予想される。
(参照:「2030年における再生可能エネルギーについて」
総合エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会/電力・ガス事業分科会 再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会(第31回)(2021年4月7日))
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/031_02_00.pdf

そのため、今後新規の非インセンティブ型での太陽光発電を開発していくためには、より小規模な事業用地や大規模建物の屋上など新たに太陽光発電設置場所の候補を効率的に発掘すると同時に、長期的に安定的な電力需要が担保できる需要家を確保することにより再エネ電源開発の事業採算性の確保することが重要となる。

いかに非インセンティブ型再エネ電源開発の事業採算性を確保するか

再エネ導入が先行する欧州市場の動向から分析すると、非インセンティブ型再エネ電源開発アプローチは2種類ある。

一つ目は、再エネ電力ニーズのある企業との長期的PPAの締結である。既に国内市場においては複数のエネルギー事業者が①オンサイトPPA、②オフサイトPPAおよび③コーポレートPPAスキームを活用し、再エネ電源の開発を行っている。ただしこのスキームの場合、再エネ開発事業者の資金調達は需要家企業における信用リスクに依存する。そのため、これらのスキームでの再エネ電源開発は、与信リスクの低い大企業に限定されると想定される。

二つ目は、地域で再エネ電源を共同保有し地域内で自家消費を最大化する「エネルギーコミュニティ」構築である。これは欧州で現在CSC(共同自家消費/Collective Self -Consumption)として普及し始めているスキームである。共同保有した再エネ電源をコミュニティ内の複数の需要家に供給し、コミュニティ内での再エネの自家消費率を最大化するスキームである。フランス、ベルギー、スペインなどでは様々なスキームで提供され始めている。本スキームの特徴はコミュニティ内で再エネを共同利用することで長期的な電力需要を確保するだけでなく、エリア内の需要家から創出されるDSF(デマンドサイド・フレキシビリティ)を活用することである。DSFを再エネの自家消費率の最大化に活用もしくはTSO(送電事業者)に対する調整力やDSO(配電事業者)における設備投資抑制対策として供給することで外部からインセンティブによる収益を獲得し、再エネにおける投資採算性を最大化することが可能となる。
現在欧州のエネルギー市場では、大量の再エネ電源の系統への接続による逆潮流の増加とともに、EV充電やヒートポンプ等の電力需要の増加に伴いDSO(配電事業者)における配電系統の混雑回避が大きな課題となっている。そのため「再エネ電源とDSFを統合したエネルギーコミュニティ」の構築はDSOの立場から系統混雑回避のための設備投資を抑制できるためメリットがあるスキームとなっている。

この「再エネ+DSF統合によるエネルギーコミュニティ構築」は国内においてはまだ実現されていないスキームであるが、今後の国内における新たな再エネ導入のスキームの一つになる可能性があると想定される。

国内における「再エネ+DSFエネルギーコミュニティ」モデルの実現性

今後、国内市場では全ての業種のエネルギー需要家企業において2050年カーボンニュートラル実現のため再エネ調達ニーズが拡大するとともに、電化(電動化)は確実に拡大していく。

現時点では人口減少や省エネの推進により電力需要は減少すると想定されているため、電化(電動化)の拡大に伴う配電における系統混雑回避のための設備投資拡大の課題は顕在化していない。しかし、今後エネルギー需要家企業において化石燃料(石油、石炭、天然ガス)の電化(電動化)や低炭素ガスへの転換が段階的に進行するに伴い、この問題は顕在化していく可能性がある。
特に、産業用需要家企業において導入可能性のある熱領域の電化のための電気ボイラやグリーン水素利用ための水電解装置、または、フリートEV(物流トラック、バス、営業車など)向けのEV充電設備などの設置が拡大した場合、配電エリアによっては新たな系統混雑の問題が顕在化することも考えられる。

現在、国内電力市場では電力小売事業者がDSFビジネスを一体提供することにより、DSFを需給調整市場へ調整力(ΔkW)として提供だけでなく、電力小売事業者において予め策定した需給計画に対してインバランスが発生した場合、インバランス回避のためにDSFを活用することも可能となる。そのため「再エネ+DSFエネルギーコミュニティ」を構築しエリア内の複数の需要家企業において再エネ設備を共同で保有すると同時に、各需要家に電化(電動化)設備を導入し、DSFを創出する仕組みを構築することで、再エネ投資における投資採算性の向上を図ることは現時点においても可能と想定される。

図2 「再エネ+DSFエネルギーコミュニティ」イメージ

図2 「再エネ+DSFエネルギーコミュニティ」イメージ

「再エネ+DSFエネルギーコミュニティ」を構築することにより、市場全体での再エネ発電量が電力需要に対して余剰となるタイミングが多く発生する中間期には、エリア内のDSFを活用しエリア内の再エネの自家消費率を最大化するとともに、卸市場価格が安いタイミングで電力需要創出して活用することで、小売事業者としての電力調達コストを最小化が可能となる。
また夏季、冬季の電力市場デマンドがピーク時においては、DSFを需給調整市場において調整力(ΔkW)として活用することにより需給調整市場からの収益を獲得するとともに、市場全体で電力ピークとなる時間帯にはDSFを活用し、コミュニティ全体の需要を抑制することにより小売事業者としての容量拠出金の負担額の低減も可能となる。
さらに2023年4月以降は、新たな託送制度であるレベニューキャップ制度の導入に伴い、欧州と同様に国内送配電事業者においても系統混雑回避のための設備投資の代替対策としてDSFの活用が可能となる。その段階では、送配電事業者から配電設備投資抑制の名目にて新たな収益獲得も見込むことができる。

この「再エネ+DSFエネルギーコミュニティ」モデルは、特定のエリアにおいて電力小売を実施している電力小売事業者がエリア内の需要家に対して新たな再エネ電力供給を実現するスキームとなる。既に複数の自治体にて設立されている自治体新電力にとっては今後の地域での再エネを活用した新たなビジネスモデルの一つのモデルになる。また、カーボンニュートラル実現に向け自社顧客での電化(電動化)が進行し既存顧客への販売量の減少が懸念される都市ガス事業者、LPガス事業者および石油小売事業者においても、既存の自社の顧客アセットやインフラを活用しながら、新たな事業収益生み出すことができるビジネスモデルとなると考えられる。

2050年カーボンニュートラルの宣言に伴い、既存エネルギー事業者にとって従来のエネルギーバリューチェーンの変革は避けることができない経営課題となる。顧客であるエネルギー需要家において拡大するGX実現ニーズに基づく「顧客中心」のビジネスモデルを構築できるかどうかが、今後の国内エネルギー市場において生き残るための重要な成功要因になるのではないだろうか。

カーボンニュートラル実現に向けたGX(グリーントランスフォーメーション)戦略

専門コンサルタント
山本 英夫
山本 英夫
Hideo Yamamoto

page top