カーボンニュートラル実現に向けた
GX(グリーントランスフォーメーション)戦略

第4回 GX戦略を実現化するエネルギーバリューチェーン変革 [2]

 


山本 英夫

産業インフラビジネスユニット
エネルギー担当 
ダイレクター

 

2050年カーボンニュートラル実現に向け「エネルギー供給事業者」は、エネルギー供給事業者の顧客である「エネルギー需要家企業」において今後新たに生まれるGX実現ニーズへ対応するとともに、一層価格競争が厳しくなる市場環境において競業他社と差別化を図り、事業採算性を確保することが必要となる。その実現に必要な取り組みはDSF(デマンドサイド・フレキシビリティ)の積極的な活用によるエネルギーバリューチェーンの変革であり、特に重要となるテーマは以下の2点と考えられる。
※当社ではデマンド・サイド・フレキシビリティ(DSF)を、需要家の敷地内(ビハインド・ザ・メーター)にある発電機、CHP、蓄電池、電力負荷等の需要家設備を活用し創出されるフレキシビリティとして定義している。
   1)「電力小売+DSFスマートバンドリング」によるビジネスモデル構築
   2) 再エネ電源とDSFとの統合による「エネルギーコミュニティ」構築

今回のインサイトではまず1つ目のテーマである「電力小売+DSFスマートバンドリング」によるビジネスモデル構築について具体的な内容について解説していく。

価格競争激化が懸念されるアグリゲータービジネス

前回解説したように既に国内市場おいてもDSFを収益化できる需給調整市場の事業環境は整備されつつある。しかし、現在国内の電力市場においては、DSFビジネスは電力小売とは別サービスとして提供されており、電力小売との統合されたサービスとして提供されていない。現時点ではアグリゲーター(需要家の電力需要を束ねて効果的にエネルギーマネジメントサービスを提供する事業者)がDSFを「需給調整市場」において調整力(ΔkW)を収益化し、その一部をインセンティブとして提供するモデルであるため単純な価格での競争になっている。そのため、今後「需給調整市場」の段階的な整備に伴いアグリゲーター事業者の市場参入が増加し、DSFビジネスに関する競争環境が厳しくなった場合、アグリゲーター間での価格競争が激化しDSFビジネスとしての事業採算性が低下することは容易に想定される。

DSFビジネス市場環境が先行している欧州DSFビジネス市場においては既に市場環境の変化が起きている。従来、欧州市場においてはアグリゲーターがDSFを活用する主要プレーヤーであり、TSO(送電事業者)における需給バランスの監視、系統運用、電圧・周波数の調整など供給される電力の品質を維持するための、技術的、運用的なしくみであるアンシラリーサービス(ΔkW)や容量市場(kW)においてDSFを活用することにより収益化するビジネスを展開してきた。
しかし、近年は市場参入するアグリゲーターの増加に伴い、アグリゲーター間の競争激化だけではなく、アンシラリーサービス入札価格の低下による事業収益性の低下が起きている。
その一方で、電力市場における風力および太陽光など気象条件により発電量が変動する再エネ電源の増加に伴い、電力卸市場やバランシング市場における市場価格(kWh)のボラテリティ(変動性)が拡大している。その結果、DSFアグリゲーターは電力小売事業とのスマートバンドリングモデルを構築することで事業採算性の確保を図りつつある。
「スマートバンドリング」とは単にDSFビジネスと電力小売をセットで提供するビジネスモデルではない。電力小売事業者がデジタル技術を活用し、需要家のアセットを活用して創出されるDSFをアンシラリーサービス(ΔkW)や容量市場(kW)だけでなく、卸市場やバランシング市場において電力量(kWh)としても活用し、DSF収益の多様化することで事業採算性を最大化するとともに、顧客に対して新たな付加価値を提供するビジネスモデルである。

この欧州市場におけるDSFビジネスモデルの変遷は今後の日本市場におけるDSFビジネスのあり方を検討するうえで重要な示唆を与えている。
つまり、日本市場においても欧州市場と同様に今後再エネ電源の導入拡大に伴い電力卸市場価格のボラテリティ(価格変動性)が拡大することが想定される。そのためアグリゲーターはDSFを調整力として単独で提供する従来型のモデルから、顧客のアセットを活用して創出されるDSFを小売ビジネスと統合した「電力小売+DSFスマートバンドリング」モデルに変革することで競合と差別化したサービスの提供が可能となる。

国内で有効となる2つの「電力小売+DSFスマートバンドリング」モデル

続いて、欧州においてすでに構築されている「電力小売+DSFスマートバンドリング」モデルから日本市場において展開可能なモデルについて解説する。
欧州における「電力小売+DSFとのスマートバンドリング」モデルのパターンは1つでない。顧客であるエネルギー需要家のエネルギーマネジメントにおける課題、ニーズによって大きく2つのモデルが創出されている。

①  低価格電力供給型モデル
一つ目のモデルは「低価格電力供給型」である。自ら積極的に自社のアセットをDSFに活用し収益化することには関心は低く、最終的な安価な電力調達のみに関心がある顧客向けに提供されているモデルである。
サービス提供事業者がデジタル技術を活用し顧客である需要家のアセットを自動制御することで創出されるDSFを活用し、サービス提供事業者の収益を最大化することで最終的に顧客に対して低価格な電力供給が可能となる。

図1 「低価格電力供給型」モデル イメージ

図1 「低価格電力供給型」モデル イメージ

この「低価格電力供給型」モデルは国内市場においては特に今後拡大する自家消費型太陽光発電を導入する需要家においてニーズが拡大すると想定される。
具体的には、太陽光発電の自家消費率向上に寄与できるDER(分散型エネルギー資源)として定置型蓄電池やEVバッテリー等の販売(もしくはエネルギーサービス)とのセットによるバンドリングモデルが有効となる。
導入したDERを活用して創出されるDSFを太陽光発電の自家消費率を最大化に活用することで需要家における電力調達コスト(kWh)の低減が可能になる。また小売事業者としてインバランス発生時や容量拠出金の按分比率が決定する市場全体での電力需要ピーク時にDSFを活用し、自社ポートフォリオ全体の電力需要を制御することで小売事業者としてのコスト削減にも活用することが可能となる。
さらに一部のDSF容量を需給調整市場(ΔkW)や容量市場(kW)へ活用することで新たな収益獲得も可能となる。その結果、顧客に対して低価格での電力供給の訴求が可能となるのである。
また太陽光発電とDER(蓄電池、EVバッテリーなど)のセットでのシステム提供は非常時における電源セキュリティ確保も可能となるため、顧客に対してレジリエンス(停電等の電力供給品質の変化に対応する能力)強化という新たな価値提供も可能なり、競合他社と差別化が実現できる。

②  顧客決定権付与型モデル
一方、二つ目のモデルは「顧客決定権付与型」である。こちらは前者とは反対に自社アセットを活用して創出されるDSFによる収益化に対して関心が高い顧客向けのモデルである。サービス提供事業者は顧客に対して市場連動価格メニューで電力供給するだけでなく、デジタル技術を活用し顧客の設備管理システムと連携し、擬似的に電力卸市場へのアクセスが可能となるスキームを提供する。顧客は自社設備を電力市場価格に合わせて運用パターンを変更(DSF創出)することで、電力調達コストを最小化することも可能になるとともに、DSFを需給調整市場(ΔkW)や容量市場(kW)へ活用することにより収益最大化が可能となるスキームである。

図2 「顧客決定権付与型」モデル イメージ

図2 「顧客決定権付与型」モデル イメージ

この「顧客決定権付与型モデル」は今後国内市場においては企業のCO2排出量のうち化石燃料の直接排出であるスコープ1の排出比率が高い企業である鉄鋼、化学、セメントなどのエネルギー多消費型の産業用需要家においてニーズが拡大すると想定される。
これらの企業では、今後自社のGX実現のために生産プロセスにおける熱需要(生産プロセス、蒸気など)に対応するため、従来の化石燃料の燃焼設備から再エネ電力調達を前提とした「電化(電動化)」設備への転換、もしくは化石燃料からCO2フリー燃料(バイオガス、メタネーション/合成メタン、グリーン水素など)へ転換が必要となる。

ただし、今後再エネ電力の導入拡大に伴い、日中における卸市場価格が低下するタイミングが増加することが想定される。
そのため市場価格が安い時間帯では再エネ電力(電力+非化石価値)を安価に調達し「電化」設備を稼働させる一方、市場価格が高い時間帯ではCO2フリー燃料の燃焼設備を稼働させるハイブリッド型の運用が需要家における熱需要領域でのエネルギー運用コストを最小化するために有効な1つのアプローチとなる。
さらに、DSFを創出し需給調整市場(ΔkW)や容量市場(kW)へ活用することにより収益獲得も可能となる。

ただし、2020年12月末に発生した卸市場価格高騰の影響もあり、現時点では市場連動価格メニューでの電力調達は市場価格高騰時のリスクがあるため、顧客における導入意思決定のハードルは高い。しかし卸市場価格高騰時におけるリスクヘッジ対策との組み合わせによるサービス提供ができれば、「顧客決定権付与型」モデルは競合他社に対して大きく差別化できるサービスになると想定される。

上記2つのモデルはいずれも「電力小売+DSFバンドリングモデル」であるが、顧客への訴求ポイントは全く異なる。しかし共通する点は、顧客であるエネルギー需要家のニーズに基づき「顧客中心」のビジネスモデルになっている点である。
今後、国内市場にエネルギー小売事業者間の競争がより激化し、各社の利益率の低下が懸念される市場環境において、エネルギー需要家のGX実現ニーズに対応しDSFを活用した顧客ニーズに基づく「顧客中心」のビジネスモデル構築は重要な視点となる。

カーボンニュートラル実現に向けたGX(グリーントランスフォーメーション)戦略

専門コンサルタント
山本 英夫
山本 英夫
Hideo Yamamoto

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