カーボンニュートラル実現に向けた
GX(グリーントランスフォーメーション)戦略

第2回 エネルギー需要家におけるGX戦略 [後編]

 

 

山本 英夫

エンタープライズビジネスユニット
エネルギー担当 
ダイレクター

 

これまで電力使用に伴う間接排出(スコープ2)の削減対策の方向性について解説してきた。スコープ2の削減については対策のオプションは4つに限定されているため戦略策定の方向性は明確である。
一方、スコープ1に定義される化石燃料(石炭、石油、天然ガス等)の直接燃焼によるGHG排出の削減対策は将来的な不確定要素が多く長期的な戦略策定が難しい。特に石炭による自家発を保有する企業においては今後の石炭火力発電のフェードアウトは、コアビジネスにおける企業のコスト競争力に直接影響を受けるため、具体的な対策の意思決定は難しい状況である。しかしながら、今後企業としての「2050年カーボンニュートラル」を実現するためにはスコープ1のGHG排出削減検討は必須であるため不確定な将来を前提としたGX戦略ロードマップの策定が必須となる。

スコープ1 削減オプション

スコープ1における直接燃焼についてはエネルギー消費由来による排出と非エネルギー由来の排出(原料からの排出等)に分類される。

まずはエネルギー消費由来のGHG排出については生産プロセス等の事業活動に必要な電力、熱需要に対応する自家発、コージェネ、工業炉および蒸気、温水ボイラでの化石燃料の燃焼により発生する。
これらの化石燃料の直接燃焼により発生するGHG削減対策のオプションとしては、熱需要に対して電力を直接活用する「再エネ直接利用」対策と、再エネ電力による電気分解から生成されたCO2フリー水素(グリーン水素)を活用する「再エネ間接利用」対策の2つに大きく区分される。今後国内のエネルギー市場において取りうるオプションは複数あるが各対策においてメリット、デメリットがある。

図1:スコープ1エネルギー消費由来GHG排出削減オプション

図1:スコープ1エネルギー消費由来GHG排出削減オプション

①電化
「再エネ直接利用」対策とは「電化」である。
再エネ電力を活用し熱需要に対応する電化設備を導入することで、直接燃焼による化石燃料消費を削減する対策である。
「電化」では、初期の設備投資負担は大きくなる。既存の燃焼設備(工業炉、蒸気、温水ボイラ等)を代替する電化設備の導入が必要となるとともに、電力負荷設備の増設に伴い受電設備の増強が必要となる。ただし、高温度帯の熱領域については電化設備の対応が技術的に難しいため対応できる温度範囲に制限がある。
一方、運用コストは電化設備の消費に伴う再エネ電力の調達コストのみであるため、オンサイト電源の自家消費、オフサイト電源の自己託送もしくは、一部市場連動調達等を活用することで再エネ調達コストの低減が可能となる。

一方、「再エネ間接利用」対策は、再エネ電力を活用し電解装置で生成したCO2フリーな水素を化石燃料の代替として使用することでGHG排出を削減する対策である。水素の製造場所、水素輸送方式の違いにより大きく3つに区分される。

②「オンサイト水素」
一つ目の「再エネ間接利用」対策は「オンサイト水素」である。
需要家の敷地内に電解装置を設置し、自社で調達した再エネ電力を活用し水素を製造するとともに、水素を燃焼設備(バーナー、ボイラ、コージェネ等)や燃料電池にて活用することで、直接燃焼による化石燃料の消費を削減する対策である。
「オンサイト水素」においても初期設備投資コストは大きい。既存の燃焼設備を化石燃料(石炭、天然ガス等)との混焼(もしくは専焼)を可能とするため設備改修が必要となるとともに、水素製造に関わる設備投資も必要となる。水電解設備や水素貯蔵設備など水素供給に関わる設備に加え、電解に必要な受電設備の増強も必要となる。
一方、運用コストは「電化」対策と同様に水素製造に伴う再エネ電力の調達が必要となるが、自社で保有する水素製造(電解)設備および貯蔵設備が“Power to Gas”として蓄電機能を果たすため、市場における再エネ発電量や卸市場価格を踏まえた水素製造の最適運用が可能となる。さらに電解装置を調整力(ΔkW)として活用することで新たな収益を獲得することも可能となる。

③「オフサイト水素」
二つ目の「再エネ間接利用」対策は「オフサイト水素」である。この対策ではCO2フリーな水素を海外から安価にて調達し、水素を化石燃料代替として使用することで、燃焼設備(バーナー、コージェネ)による直接燃焼による化石燃料の消費を削減する対策である。CO2フリー水素を海外等から大量に調達する場合、水素を気体のまま輸送するのは困難であるため、現在、液体水素、メチルシクロヘキサン(MCH)もしくはアンモニアに加工し輸送しやすい状態にした上で専用船やローリーを利用して輸送する方法が検討されている。この対策の場合、需要家における初期投資コストは、自社事業所内に水素貯蔵、気化装置等の設備の導入と既存燃焼設備にて水素(もしくはアンモニア)との混焼を可能とする設備改修が必要となるため、「オンサイト水素」対策よりも少ない初期投資コストで実現が可能である。
また、運用コストについては、水素製造時での再エネ調達コストに加えて水素製造および輸送コストが付加されるが、海外での安価な水素製造が可能となった場合には競争力のある価格での水素調達が可能となる。

④「メタネーション」
3つ目の「再エネ間接利用」対策は「メタネーション」である。
再エネから生成した水素とCO2を合成し、CO2フリーな合成メタン(カーボンニュートラルメタン)を製造し、都市ガス原料である天然ガスの代替として使用することでGHG排出を削減する対策である。
「メタネーション」の最大の特徴は、需要家の初期の設備投資コストが不要であることである。既存の需要家における燃焼設備および都市ガス導管は現状のまま使用できるため、需要家における投資負担が一切必要ない。
また運用コストについては、カーボンフリーメタン供給事業者(都市ガス小売事業者等)において再エネ調達コストに加えて水素製造および合成メタン製造コストが付加されるが、海外で安価な合成メタンの製造が可能となった場合には、既存ガス導管を活用できるため競争力のある価格で調達できる可能性がある。

ここまでエネルギー由来によるGHG排出削減対策オプションについて解説したが、非エネルギー由来のGHG排出が多い業種(鉄鋼、化学、セメント等)においてはエネルギー由来のGHG排出だけでなく、原料からのCO2排出を削減する新たな製造プロセスの構築も必要となる。
これらの業種では「2050年カーボンニュートラル実現」に向けて全て「電化」や「水素」利用だけでGHG排出をゼロにすることは困難であるため、CCUS(Carbon Capture, Utilization, and Storage)を活用し、排出するGHGを固定化し、大気への放出を回避する対策も同時に必要となる。
CCUSとは、直接燃焼もしくは製造により排出するCO2を回収(Capture)するとともに、地中もしくは海中に貯蔵する(Storage)もしくは、原料もしくは燃料として利用する(Utilize) ことによりGHG排出を固定化する対策である。当然大規模な初期設備投資が必要となるとともに、CCUSの運用時のコストが必要となる。そのため企業としてはいかに回収したCO2に付加価値を付加して外部に提供することで収益化する視点が必要となる。

スコープ1 削減ロードマップ策定のポイント

スコープ1のGHG排出量削減の戦略の方向性は、企業でのGHG排出量に占めるスコープ1の構成比率により異なる。各社は自社のスコープ1削減のためにはどのオプションが選択可能なのか、またそれぞれの投資コスト、リスクはどの程度なのか予め分析が必要となる。その上で、短期的に優先して実施すべき対策の実施計画を準備するとともに、継続的にカーボンニュートラル実現に向けての進捗状況を把握することが必要となる。
今後の政策動向、技術開発動向の進展により対策の投資コストが劇的に低減することも想定されるため、継続的に対策オプションを見直すことが重要となる。企業としてはいかに財務へのインパクトを最小化し、最も投資対効果が高いアプローチにてカーボンニュートラルを実現するGX戦略の策定が求められる。

特に企業におけるGHG排出の内スコープ1の占める比率が高い、鉄鋼、化学、セメント等の業種においては「電化」、「オンサイト水素」、「オフサイト水素」および「メタネーション」による対策の検討だけでなく、CCUSも含めた検討が必須となる。
  CCUSにおいては大規模な投資コストが必要となるため、いかに運用段階において回収したCO2を付加価値化できるビジネスモデルを構築できるかがポイントとなる。そのため対策の検討においては、企業単独ではなく、近隣のスコープ1排出が多い企業と連携し、回収したCO2から合成可能な原料や燃料を周辺企業(産業部門・民生部門エネルギー需要家企業、都市ガス事業者等)へ提供することでWin―Winモデルとなる「カーボンリサイクル」ビジネスモデルの構築が重要となるであろう。

図2:周辺企業との連携による「カーボンリサイクル」ビジネスモデルイメージ

図2:周辺企業との連携による「カーボンリサイクル」ビジネスモデルイメージ

カーボンニュートラル実現に向けたGX(グリーントランスフォーメーション)戦略

専門コンサルタント
山本 英夫
山本 英夫
Hideo Yamamoto

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