調達コスト削減を阻む5つの壁と突破のカギ
第1回 企業の調達コストに立ちはだかる5つの壁とは

2022年4月21日

1. 企業の調達コストを取り巻く状況

近年あらゆる業界において、物流コストの上昇や資源価格の高騰といった、企業のコストアップ要因が増加している。
物流コストについては労働力不足による運賃の値上げの影響もあり、日本ロジスティクスシステム協会の「2021年度物流コスト調査報告書*1」によると、2021年度の企業の全業種平均の売上高物流コスト比率は5.7%と過去20年の調査結果において最も高い比率となっている。
また、世界的な脱炭素化推進による再生エネルギーの生成・貯蔵に使用される銅、ニッケル、コバルトなどの金属需要の増加により、金属価格は今後も高騰が継続することが見込まれている。
そうした中、コスト増加分を価格転嫁せざるを得ない企業も増加しているが、価格転嫁を最低限に抑制するためや収益改善を目的として、調達コストの見直しの検討も必要となると考えられる。一方で、調達コストのうち直接材コストは、研究開発や設計、製造などの各工程と関連するため、すぐに着手することが難しい。そのため、比較的すぐに取り組める間接材コストの削減から検討を進める企業が多いと見られる。

*1日本ロジスティクスシステム協会 2021年度物流コスト調査結果(速報値)

2. 調達コスト削減を阻む5つの壁と突破のカギ

調達コスト削減は現行の運用の中からより低コストに調達をする方法を探ることであり、いわゆる企業変革の一つである。そのため、業務を担当する調達担当部署や、変化によるリスクを懸念する品質管理部署といった抵抗勢力も多くなりがちで、実現は一筋縄ではいかないものである。
直接材に比べれば取り組みを進めやすい間接材コスト削減においても、成功を阻む「5つの壁」が存在し、社内体制の整備だけではなく、壁を突破するカギを意識した取り組みをしないと期待した成果を得ることは難しい。
アビームコンサルティングでは、間接材、直接材含めてコスト削減において多数の支援を行ってきている。本インサイトシリーズでは、多くの支援の経験をもとに見えてきた調達コスト削減を阻む5つの壁と突破するためのカギを、実際の取り組み事例を踏まえ紐解いていきたい。
第1回は、調達コスト削減を阻む5つの壁と突破のカギの概要を解説する。まず、調達コスト削減における5つの壁とは図1の通りである。

 

図1 調達コスト削減における5つの壁

図1 調達コスト削減における5つの壁

① 『パレートの壁』
調達コスト削減で早期に成果を得るには、まず、金額上位の品目を抽出するパレート分析が有効な手段になる。しかし、この分析に依存しすぎると分析対象外となるロングテール*2品目に眠る大きな削減余地を見落としがちになってしまう。これが『パレートの壁』である。
この壁を突破するには、ロングテール品目にも目を向ける必要があるが、全てを分析対象とするのは負荷が高く現実的ではない。そのため、大量のデータや伝票から削減余地が見込まれる品目を探る視点が必要となる。この点、「外形上、購買ガバナンス不全に陥っていそうな品目はないか?」という視点が分かりやすく有効だ。「購買ガバナンス不全」は、過去の取引のまま継続発注をしていて発注部門や取引先などが分散しているところに表れることが多く、結果として、それらの品目には単価や仕様にばらつきが生じている可能性が高い。
こうした外形上の「購買ガバナンス不全」が起きている品目を探ると、ロングテール品目の中の「スパイク*3」を効率的に探り当てることができる。

*2金額の下位20%に当たる少量多品種の品目を指し、金額順にグラフにすると恐竜のしっぽのように見えることから「ロングテール」と呼ばれている

*3データをグラフに可視化した際に、棘のように現れる異常値のこと

 

② 『仮説思考の壁』
削減余地の算定は取組みの目標設定を行う重要な過程であるが、この分析を過去の経験や購買データベースを用いて、自社に当てはめた場合の仮説を立てて算定することが多い。仮説を用いて分析することは削減余地を効率的に見極める上ではセオリーだが、購買規模や取引条件などの細かなパラメータ(指標)の違いを削減余地の算定に考慮できないことも多く、時として削減余地を大きく見込み過ぎる、削減が困難な品目もその余地を見込んでしまうといった、事実と異なる分析結果となることがある。このような分析結果を算出してしまうと、現場から信ぴょう性がないと不信感を招き、実行に向けた勢いを低下させ変革の停滞を招いてしまう。これが『仮説思考の壁』である。そのため、削減余地の算定には、仮説を用いた分析だけではなく、現在の購買実態をもとにサプライヤと早期に対話して、市場価格との比較や取り得る打ち手を検討し、リアリティを追求しておくことが重要である。

③ 『現場主義の壁』
いよいよ削減の実行に移る段階では、主管部門と削減施策などの実行計画を合意形成していくことになるが、この際に、現地現物を旨とする「現場主義」が行き過ぎて、「現場迎合主義」にならぬよう留意すべきである。
主管部門は、削減の施策に一定の信ぴょう性があったとしても施策の実現性、品質の低下、サプライヤとの関係悪化など漠然とした不安に駆られ、施策に賛同してもらえないことがある。その際、安易に現場意見に「迎合」してしまうと実際に取れるアプローチが制限されてしまい、削減の期待効果も当初より小さく「縮こまって」しまう。これが『現場主義の壁』である。
こういった状況に陥らないためには、「外」と「内」の両面で主管部門の不安を解消していくことが重要となる。
ここで言う「外」とは外部のサプライヤのことを指し、あらかじめ値下げの参考価格や品質保証(できればSLA*4案まで)について言質を取り、現場の不安感の払しょくに繋げていくと良い。「内」とは社内組織や体制のことを指す。施策の実行後にはどうしてもサプライヤ離れや品質低下リスクが伴うものなので、内部にリスクテイクする組織を経営者に近い経営企画部等に持たせる、つまり、「行司役を立てる」ことを意味する。
このように、現場の不安に寄り添いながらも、それを突破する道筋を立てて見せることによって、変革の勢いを止めずに押し進めることができる。

*4Service Level Agreement(サービス品質保証契約)

 

④ 『腹落ちの壁』
関係者で合意された内容に基づき、主管部門の実務担当者がコスト削減活動を進めていく段階に至っても、壁は存在する。それが『腹落ちの壁』である。
いざ、実務担当者が本活動に踏み込もうとするも、通常業務の繁忙で時間が割けないことや、具体的なやり方が分からない、「手触り感」がないことを理由に本活動を後回しにした結果、停滞することは少なくない。必ずしも実務担当者本人が意図しないところで腰が引けてしまい、「面従腹背」になってしまうリスクがある。
これには、まず施策立案者が本活動を率先垂範して「やってみせ」、実務担当者のお手本となる必要がある。施策立案者が進捗を管理し指示するだけではなく、自ら現場に赴き実務担当者と共に施策を実践し、活動の難しさや負担といった現場の苦悩に寄り添いながら、それでもなお成果を出してみせる。そうして、実務担当者の共感、「できる」感を引き出すのである。
さらにこれを継続し共感の輪を拡げていくことにより、全社一体となった活動体制に「魂」が吹き込まれることとなる。

➄ 『定石の壁』
現場の理解のもと活動を進めたが、計画通りの実行ができず、想定した削減効果が出なかったということもある。
昔は一部のエキスパートの専売特許であった調達コスト削減のノウハウは今日ではだいぶ普及してきており、市場や品目の特性に合わせ、「競争」「集約」「標準化」など打ち手の定石があるため、成果の刈取りに向けては、それに基づき進めることが多い。
しかし、サプライヤの受注意向や市況環境などの個別要因が多く存在するため、必ずしも定石が当てはまるとは限らず、想定した成果が出ないこともある。さらに定石が崩れた際、次の打ち手が用意されておらず、成果を取り逃がす、「やはり無理だったではないか」と現場の勢いを落とす(現場からの信用を失う)こともある。これが最後の壁となる『定石の壁』である。
施策の実行に踏み込むに当たっては定石に依存しすぎず、予めサプライヤとの早期対話や組織知見の結集を通じ、二の矢、三の矢を用意しておき、状況に応じた手を尽くしていくことが重要である。


以上、調達コスト削減を阻む5つの壁と突破のカギの概要について説明した。本インサイトシリーズの2回目以降で、それぞれの壁を突破した具体的な事例について詳しく紹介していきたい。
なお、今回ご紹介した5つの壁のうち、現場との関係性や定石に縛られるといった部分は、間接材に限らず直接材の取組みにおいても共通して言えることが多い。本インサイトシリーズでは様々な業界における間接材の事例を中心に解説していくが、間材・直材問わずコスト削減を検討される企業にはぜひ参考にしていただきたい。

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