データアナリティクスの力でスポーツの世界に新たな価値を

久保田圭一

2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、スポーツに対する関心が高まりつつある。しかし、今の日本ではまだまだスポーツが産業として確立していないのが現状である。そのような状況を打開する新たな価値を創出するためには、データが重要であり、そこに知見やノウハウを生かしていくと、アビームコンサルティングの久保田圭一は説く。

久保田圭一
P&T Digital ビジネスユニット
Sports & Entertainment セクター長
執行役員 プリンシパル

データでつながることで新しい価値が生まれる

「Sports & Entertainmentセクター」という新しい部署を2017年4月に開設しました。これまでもスポーツに関わるコンサルティングやサービス提供はプロジェクトベースで行ってきましたが、ビジネスの各領域で培ってきた当社の知見やノウハウを、より多角的・多面的にスポーツの世界にも活用していくのが狙いです。各インダストリーやサービスラインのスペシャリストたちが横断的にチームを組んでコンサルティングに当たります。

スポーツに照準を合わせたのは、2013年のことです。オリンピック・パラリンピックの東京での開催が決定したころです。あらためてスポーツが大きく盛り上がると考えて、タスクフォースを立ち上げ、スポーツ産業におけるコンサルティングの在り方を考えながら、経験を積んできました。

スポーツという言葉は非常にポジティブな言葉です。また、スポーツは多くの人々に感動を与え、勇気付け、夢をもたらすものです。スポーツ産業の発展は、日本を元気にする、より素晴らしい社会を形成するために重要な役割を担うものと考えています。スポーツが発展するためにはビジネスとしての発展がカギとなります。その点で、日本はまだまだ遅れています。その原因は多くのステークホルダーが顧客を理解していないことにあります。

スポーツ産業における顧客(Customer)は、「する人(選手)」、「みる人(観客)」、「支える人(監督・コーチなど)」です。そこを取り巻くように、大きくは4つのステークホルダーが存在します。選手・監督・コーチが所属するチームやリーグ、試合が行われるスタジアム・アリーナ、スポーツ用品を供給したり試合を放映する民間企業、それらを政策面で支援する行政です。これらのステークホルダーが把握すべきことは何か、それはする人、みる人、支える人のニーズです。ニーズに合致した商品・サービスをスポーツ産業全体が連携して提供することで、顧客満足度を高め、お金が循環し、スポーツ産業が発展するということです。

ではニーズをどのように把握するのか、それがデータとなります。データを把握して活用することで、顧客やステークホルダーが密接につながり、スポーツ産業に新たな価値を創出できるようになるのです。

どんなデータを集めてどんな目的に使うのか

データ活用において現在注目しているのは、「する人(選手)」のデータです。近年、センサーも発達して、精度の高いウエアラブルデバイスが使われるケースも増えてきており、容易にデータを収集できるようになってきました。しかし、問題はそのデータをどんな切り口で分析し、どう活用していくかです。目的がなければ、単に面白いね、で終わります。

例えば、アビームコンサルティングではあるプロスポーツチームの選手のフィジカルデータを分析し、活躍する選手に共通する特徴を把握した実績があります。

こうしたデータを活用して、プロになれる才能を持った選手を早期に発掘し、エリート的な教育を行えば、チーム力を増強することができます。また、発展的な話として、足の速い子は朝食にお米を食べている、という分析結果があれば、その結果を活用して食品メーカーにプロモーションの企画提案を行うなど、収入源を広げることもできます。

また、フランスのサッカー1部リーグのクラブチームでは、選手のけがの要因を分析しました。トレーニングや試合でのけがのケースをデータマイニングで分析し、ピッチコンディション、試合日程、体重や運動負荷など、けがを引き起こす要因を把握しました。

分析の結果、「トレーニング中の負傷はコーチングメソッドが関係している」、「負けた試合では勝利した試合の2倍の確率で負傷する傾向にある」、「けがをした日の3日前からの運動負荷の掛け方によってけがをするリスクが異なる」といった結果が明らかになっています。

データによってけがの要因が把握できるようになると、けが防止のための具体的な議論が進めやすくなり、負傷リスクの軽減につながります。実際、このチームでは、その後けが人が減少したという結果が出ています。

スポーツ業界全体での投資のバランスが大きなカギに

データ活用が求められているのは、選手だけではありません。クラブチーム、スポーツ施設やスポンサーとなる企業にとっても重要です。それが新たなビジネスチャンスを広げ、効果的な活動につながるからです。

プロスポーツでは、言うまでもなく、勝つことが重要です。しかし、例えばチームとして稼ぐという観点において、勝つことが最も重要かというと疑問です。もちろん、強いチームではファンも増えますし、ファンが増えれば入場料やグッズ収入などチームの収入が増えることは期待できます。しかし、それはリーグ全体で見ればごく一部のチームしか満たせないことです。大半のチームは、優勝のために頑張るものの、強さを魅力としてファンになる人を獲得することはできません。勝つかどうかは、ある意味ギャンブルということです。そのような状況で、高いお金を払って良い選手を獲得すれば稼げる、と考えるのは正しいでしょうか。例えば、マンチェスター・ユナイテッドFCでは、クレジットカード、保険、住宅ローンなど、金融ビジネスに取り組んでいます。その狙いは、チームが勝てるかどうかに左右されることなく、継続的に安定した収入を確保することです。勝つかどうかというギャンブルに投資するのではなく、安定収入を確保するマーケティングに投資しているのです。つまり、「勝てなくても稼げる」というチームづくりが重要ということです。稼ぐためには、選手への投資とマーケティングへの投資のバランスを取ることが大事になります。

スポーツ産業が健全な形で発展するには、スポンサーの在り方も重要です。スポンサーになる理由は、自社の商品・サービスの売り上げを向上させるためです。選手やチームを応援したいということで行うこともあるでしょうが、継続的な取り組みになりません。企業としてスポンサーになっていることのメリットを最大限に活用することが重要です。

そのためには、スポンサー費用だけを払えばいいというわけではありません。スポンサードしていることをプロモーションに利用する「アクティベーション」が必要です。当社では、選手やチームのデータを使ったパフォーマンス向上などに取り組んでいますが、こうしたデータ分析のケイパビリティーをメディアでアピールしていくアクティベーションを行っています。当然、このアクティベーションには分析を行うコンサルタントの工数も掛かっていますし、メディア露出を含めた追加コストも必要です。

アクティベーションにはスポンサー費用の1.5~2倍のコストを掛けるべきとも言われます。もちろんケース・バイ・ケースでしょうが、これにより、スポンサードのメリットを得て、継続的なスポンサードが実現されることで、スポーツ業界とのWin-Winの関係が構築できるのです。

ビジネスで稼ぐために求められる発想とは

スポーツ産業が発展し、ステークホルダーが稼げる状況を継続的につくるためには、先に述べたとおり、稼ぐためにどうすべきかという視点が大事ですが、まだまだその視点を持った取り組みは少ないように思います。

日本は、2025年までに20カ所程度のスタジアム・アリーナが新設される予定であり、建設ラッシュを迎えています。スタジアム・アリーナの建設は、多くの場合、場所が決まり、建物が決まり、それから運営を考えるという流れになっています。しかし、本来、「その場所だとこのような客層になるから、このスタジアム・アリーナはこう使うことで集客できる、だから建物はこういうふうにして、設備もこうしよう」という運営を見据えた議論を最初からしていくべきだと思います。そのためには、民間の不動産開発事業者やエンターテインメントビジネスの事業者を構想段階から巻き込むような体制が必要だと考えています

なお、スタジアム・アリーナは365日稼動できますが、サッカーであれば年間20日程度、バスケであれば30日程度しか試合はありません。残り330日をどう稼動させるのか、そこが重要です。365日をどう稼動させて運営していくのか、それを検討せずにハコを設計して建築し、運営は民間にお願いしますというのはナンセンスです。民間企業は稼ぐために運営するのであって、365日のうち、音楽イベント中心で稼動させることが合理的であれば、音楽イベントに最適な建物にして、音響設備も音楽イベント用の設備にするでしょう。そうした意見を初期の段階から取り込み、構想を策定する必要があります。そのためにもスポーツ産業における各プレーヤーの得意分野をつなげたエコシステムが必要とされているのです。

データ分析力でスポーツの世界を変えていく

アビームコンサルティングでは自らデータによってスポーツを変革していく、という取り組みを始めています。セーリングチームTeam ABeamでは、「SAP Saling-Solutions」を日本におけるファーストユーザーとして導入し、波や風の情報、セーリングのトラッキング情報を、センサーでリアルタイムに収集して最適なコース検討に活用しています。こうしたデータ活用による成果は、日本でもまだ一部の競技に限られていますが、データ分析力を駆使して、東京オリンピックでのメダル獲得を目指します。

また、サッカーの本田圭佑選手のマネジメント会社であるHONDA ESTILOでは、選手・コーチの育成支援やスクール事業の強化を行っています。

スポーツ界では、選手のデータ管理は注目されていますが、コーチのデータ管理は注目されていません。アビームコンサルティングは、スクールコーチの育成のため、コーチのタレントマネジメントシステムを開発しました。コーチの評価制度を確立して、質の向上を目指す試みが既に実践段階に入っています。

SUPER FORMULAに参戦しているレーシングチーム・REAL RACINGとのプロジェクトでは、マシンのデータを分析し、どうすれば速く走れるかを追求しています。レース界はエンジニアの方々がデータに対するリテラシーが高く、さまざまな取り組みをすぐに実行することができます。REAL RACINGとアビームコンサルティングの取り組みは、日本のレース界に革命を起こせるものと思いますし、そうできるよう引き続き頑張りたいと思います。

また、今年4月からスポンサードし、インディ500で日本人初の優勝を達成した佐藤琢磨選手にも、パフォーマンス向上のためのデータ分析・活用を行っています。

このようなデータ分析でスポーツを変えるという取り組みは端緒についたばかりですが、それだけに大きな可能性を秘めています。Sports& Entertainmentセクターは先駆者として積極的に活動し、スポーツ産業を発展させる主軸としての役割を果たしていきたいと考えています。

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