消費者のECシフトからみる
今後の生活スタイル変化と小売業がすべき対応

 

1.はじめに

2020年2月に新型コロナウイルス感染症の感染が広がりはじめ、4月には日本政府による非常事態宣言が発令された。その年末に至るまで、日常生活だけでなくビジネスの現場においても私たちが慣れ親しんでいたものとはまったく異なる日常が現れた。
私たちが体験している変化の中には、ワクチンが開発されることで解消されるものもあるだろう。一方でコロナ前に戻ることなく、非日常だったものがニューノーマルとして定着するものも多く存在すると考えられる。
本稿では、小売業のコンサルティングビジネスの現場で起こっている事実を基に、コロナ禍を経て変わるものと変わらないものを考察するとともに、更にその先に見込まれるビジネスの進化を論じる。

2.コロナ禍の2020年に起こったこと

世の中全体が新型コロナウイルスの感染拡大を自分事の危機として認知し始めた2020年2, 3月、マスクやトイレットペーパーが突然入手困難となり店頭から一斉に消えてしまった。読者の中にも、このタイミングで「もしかしたら…」とECサイトを必死に検索したことを記憶している方がいることだろう。振り返ると、これがビジネス観点でみた変化の“兆し”であったと考えられる。その後、4月7日から5月25日までの約1か月半の期間で日本政府から非常事態宣言が発令されたが、店頭から商品がなくなったり店舗の営業時間が短縮されたり、といった物理的な理由によりECでの商品購入が増加することになった。

ところが5月末に非常事態宣言が解除され、店舗は通常の営業時間に戻り、店頭で欠品する商品がほとんど見られなくなっても、ECの売上は下降に転じることはなかった。業種により多少の上下はあるものの、前年比2倍以上伸びている企業も少なくない。

図1:ある小売業のコロナ禍におけるEC売上推移(弊社クライアント企業情報を基にアビームにて作成)

図1:ある小売業のコロナ禍におけるEC売上推移(弊社クライアント企業情報を基にアビームにて作成)

これは、今までECを避けていた層が、緊急事態宣言の期間中に、ECで購入することの便利さを知ったことによるものと推測される。 ECで商品を選んで購入し、代金をその場で決済、自宅に届けられるという一連の購買行動を一度体験してみると、想像していた以上に簡単で楽なことに気が付いたのであろう。
ECで購入することに慣れた消費者のこの行動は2020年末までも継続され、例年盛り上がりを見せる年末商戦では、前年の2倍以上のEC売上高を記録した会社が多数みられた。このECシフトの波は海外でも同様に報告されている。今年開催された「NRF2021」でEuromonitor社が発表したレポートによると2020年のグローバル全体におけるEC売上は25%増加し、2025年までに店頭での売上は76%まで減少するという見通しも報告されている。

3.大きく伸張したECと明暗が分かれた実店舗

前述のとおり、ECは大きく伸張したが、実店舗は業態によって大きく明暗が分かれた。
2020年中に各社から発表された四半期決算レポートから、いくつかの要因を読み解くことができる。

・衣食住の全カテゴリで伸張したEC
EC売上は、衣食住の商品カテゴリにより差はあるが、各業態で伸長している。生鮮品を含む食料品に関しては、今まで二の足を踏んでいた消費者も密を避けるためにネットスーパーを利用し始めた。衣料品については、サイズ感や着心地といった従来は実店舗でしか確認できなかったことがデジタル化の進展によりある程度失敗しない買い方を実現し、また返品が気軽にできるサービスの拡充によりEC利用を後押しした。住関連商品に関してもXR技術の活用によりEC上で得られる情報が格段に増えたことで、オンラインで扱える商品の幅が拡大している。

・カテゴリにより明暗を分けた実店舗
ECが全体的に伸長しているのに比べ、実店舗の業績は大きく明暗が分かれている。食料品は巣ごもり需要により住宅立地店を中心に大きく伸びている。一方で衣料品は、在宅ワークの広がりにより、服を買う頻度が減り、大手小売店の倒産や大量閉店等、非常に厳しい状態だ。反対に住関連商品は、在宅ワークによる需要と共に、郊外の大型店は密を避けて買い物ができる場として人気を博し、大きく業績を伸ばした。ただし、駅前立地の家電量販店は苦戦し、新宿・池袋といった激戦区から撤退する企業も出てきている。

4.今後の消費者生活スタイル変化と小売業がすべき対応

コロナ禍により消費者の生活スタイルは大きく変化しており、企業は待ったなしの対応を迫られている。一方でビジネスを持続的に成長させていくためには、コロナ終息後の変化を見据えて手を打ち始めることも必要で、Withコロナ/Afterコロナ両面において対応を考え実行していくことが求められる。

・「在宅での職住一体生活」への対応(Withコロナ)
従来の「休日は自宅、平日は会社、出勤時はビジネススーツ、朝晩は自宅で食べるが、昼は会社近くでコンビニか外食」といった職住が分離した生活スタイルは、コロナ禍により「自宅」という制限下ではあるものの「職住が一体化」することにより、ECの利用は急激に進展した。小売業のFuturist(フューシャリスト)として活躍するKate Ancketill氏によると、イギリスの労働者の約60%は既に在宅勤務にシフトし、2019年比で173%増加している。
これらの背景から、小売業のEC領域の対応強化は今後も必須だが、衣食住のカテゴリにより、その内容は異なる。
食料品については、業績が伸びている実店舗において感染対策を徹底すると共に、ECではネットスーパーのキャパシティ拡充や採算性の改善、急拡大しているUberEats/出前館等のデリバリー専業者やネットコンビニとの競争差別化要因の作り込みが必要だ。そのためには、実店舗のダークストア(ネット販売専用の物流センター)化や小規模自動倉庫化や、現在は個人の勘と経験で対応している宅配経路の最適化など、ラストワンマイルの強化は必須の対応となる。
衣料品については、もはや実店舗に依存した成長戦略は描き難い。ECを軸にしていく場合でも、どこまでリアルな試着(サイズ感・着心地)体験に近づけられるか、Web接客などにより、いかに実店舗では得られない異なる体験を提供できるか、またサイズが合わない場合の返品ハードルをいかに下げられるかといった、顧客体験の向上が勝敗の分かれ目となる。モール出店も一つのチャネルにはなりえるが、やはりブランドの世界観をより鮮明に押し出せる自社サイトによるファンづくりが重要となるだろう。このような課題に対応するための一つの取り組みとして、海外ではライブコマースが有効なチャネルとして期待されている。AR等の技術と組み合わせることで、消費者は商品を前に専門家、アーティスト、インフルエンサーと共に欲しい情報を得る、共に商品を体験することができる。そのため顧客満足度が上がり、EC上でのリピート購入に繋がりやすいという。また、最近ではラグジュアリーブランドであってもXRやWeb接客を用いることで高価格商品の販売に成功し始めている。
住関連商品については、XR等を活用したECサイト拡充の他に、実店舗は「売らない店舗」と位置付け体験や試せる場として構え、その場でEC決済するといったことや、BOPIS(Buy Online Pickup In Store)等のEC×リアル店舗の融合がより重要になるだろう。

・「自由な場所での職住一体生活」を意識した取り組み(Afterコロナ)
Withからその先を見据えてみよう。現在の自宅中心の職住一体型の生活スタイルから、Afterコロナは自宅だけではなく、実家、旅行先(ワーケーション)など生活の場の選択肢が増えると考えられる。
例えば、家族との生活をより豊かに、より良いワーク環境を整えたいという在宅メインの生活スタイル、都会から離れ実家の両親と充実した日々を過ごし、働けるときにオンラインで働く生活スタイル、平日は出勤して働くが週末はリゾート地を巡って副業に勤しむ生活スタイル等、今までは考えられなかった生活スタイルが当たり前になっていく。
企業は、そのような様々な生活スタイルに合った買い方・買い物体験の提供や、生活をより豊かなものにするために、業態や商品カテゴリを超えたライフスタイルの提案そのものが必要になる。例えば在宅ワーク中心の消費者には、快適なデスクや椅子、オンライン会議用のIT機器の他にコーヒーサーバーやワークカジュアルなアパレルの提案などが必要になるだろう。平日出勤して週末はワーケーションで副業に勤しむスタイルの消費者には、またまったく異なる提案をすることになるはずだ。
こうした提案を実現するためには消費者の過去の購買データから直接的な商品をリコメンドするだけではなく、購買データはもちろん健康、移動、趣味・嗜好、究極的には“想い”といったデータを捉える必要がある。昨今のスマートフォンや各種IoTデバイス、GPSやSNS等の普及により、本人の意識/無意識に関わらずライフログ(生活ログ)データが蓄積されている。サービスが始まった5Gやさらなるセンシングの進化により、今後さらに精度が高いビッグデータとなり、情報銀行等のPDS(パーソナルデータストア)化が進み、小売業側でも今まで利用が難しかったパーソナルデータの活用が可能となる。それにより消費者自身が予想もしなかった商品の組み合わせを提案し、それが実はその人の潜在的なニーズにぴったり合致するというような考え方が必要になる。高級紳士服の職人はスーツの生地や色味、形の好みを顧客に聞いてその通りに作るのではなく、その人と「会話をしながら」趣味・嗜好や人柄、利用シチュエーション等の情報を得て、それをもとに最高のスーツを仕立てる。そのようなオーダーメードスーツはビスポークスーツと呼ばれるが、究極のパーソナライズとは、消費者の潜在ニーズを的確に捉え、そうありたい、そう感じたい商品・サービスの組み合わせを提案するという、正にビスポーク型で生活スタイルに対応することだと言える。
Afterコロナでは、こういった自由な職住一体型の生活スタイルをより豊かにする商品・サービスの提案・提供を行うための究極的なパーソナライズ化がビジネスサイドに求められるだろう。

消費者の生活スタイルの変化と企業側の変化対応

一方で、そうした究極のパーソナライズを実現するには、受注から商品配送までのバックエンドのフルフィルメント(商品の注文からユーザーに商品が届くまでの業務全般)業務が非常に複雑になるため、将来の受注増に備えてバックエンドの仕組みの増強が必須となる。また、単品商品ではなく、その消費者の生活を豊かにする商品・サービスの組み合わせ提供が重要であり、タイムリーにかつ一品も欠けることなく、消費者の手元に届くべきである。従来以上に欠品のインパクトが大きくなるため、下のような地道な取り組みが必要であり、バックエンドの仕組みが整ってこそ消費者に選ばれ収益を拡大していくことができる。

まとめると、下の3つの活動が、Afterコロナで小売業に求められる対応である。
・オンライン(ECサイト)を起点にオフライン(実店舗)を含めた消費者購買行動のデータ蓄積と、実店舗/ECを跨いだ受注・在庫データを正確に連携する仕組みの整備
・在庫管理や・仕入先へ発注した商品の納期管理・工場へ発注した製品の生産進捗管理の整備
・ラストワンマイル含む配送手段の確立等、企業内部のビジネスプロセスの整備

5.あとがき

本稿では、コロナ禍で加速した消費者のECシフトの実態と、Withコロナ時(すなわち現在)に対応すべき課題、Afterコロナの生活スタイルを見据えた世界観と今後対応すべき課題を述べた。コロナ禍の早期終息を願いつつ、現在制限されている「場所の自由度」が解放された職住一体型の生活スタイルへ、小売業がどのように対応していくべきか考えるきっかけになれば幸いである。

なお、アビームコンサルティングでは、長年ECサイト構築に加え、サイトを支えるバックエンド業務のDXをサポートしてきた。コロナ禍をきっかけに加速したECシフトに対応する企業様に、下のような支援実績やサービス提供を行っている。
・XRやWeb接客、ライブコマースを活用したサイト構築
・購買データの蓄積と分析・リコメンドを可能にするデジタルマーケティング環境の構築
・EC/実店舗を跨いだ受注の仕組みや在庫データの一元管理
・配送経路最適化、小規模自動倉庫構築等のラストワンマイル対応
Afterコロナを見据えてEC強化を検討されている企業様は、是非お問い合わせ頂きたい。

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