属人化がはびこる調達現場
~デジタル化による付加価値業務へのシフトに向けて~

2022年9月2日

昨今、経済安全保障上の輸出・調達規制、アメリカと中国の貿易摩擦、COVID-19、ロシアウクライナ侵攻などによる途絶もあり、サプライチェーンは複雑化している。
結果として、間接的な取引先までの情報管理、倫理、環境、有事の対応の3E、BCPなどサプライチェーンにおける考慮事項は多角化・高度化されている。調達部門としても中長期的に安全、信頼ある企業調達を実現でき、リスク管理がなされる体制、仕組整備の着手が急務となっている。
しかし、これらの必要性は理解しつつも、調達現場は日々の購買オペレーション業務に忙殺され、ERPや購買管理システムではカバーしきれない見積・査定などのソーシング業務の負荷も高い。従前からソーシング業務は負荷の高い業務ではあったが、調達部門として多角化・高度化された考慮事項が増え、付加価値の高い業務にシフトしていくためにも変革の緊急度が増したと言えよう。
本インサイトでは日系企業の調達のソーシング業務で、デジタル技術の活用事例・アプローチによって、調達部門が付加価値の高い業務にシフトするための第一歩となる取り組みを解説する。

なぜ調達領域の課題は解決されないか

では、ソーシング業務の負荷が高くならざるを得ない理由は何か。
まず業務観点において、ソーシングはサプライヤーへの見積やコスト査定、価格交渉などの専門知識を有する業務のため、デジタル技術の活用が遅れていることが多い。その弊害として紙やPDFによるマニュアル業務が残り、業務プロセスが標準化できずに属人化がはびこっている。
次に組織観点において、調達部門はベテランバイヤーの層が厚く、中間層が欠けている構成になっていることが多い。理由は様々だが、日系企業の特徴として、調達部門の戦略的位置づけの低さが挙げられる。中長期的にみると、ベテラン社員の退職とともに、調達部門の現場力の低下が懸念され、ソーシング領域の知見は正しく伝達されることなくノウハウを喪失する懸念がある。しかし、ノウハウ自体を標準化したくても、情報量が多く、担当者が分散されていて、体系的整理が困難なのが実態だ。

クラウドパッケージによるソーシング業務改革とその課題

図1はクラウドパッケージで実現できる典型的なプロセスである。支出情報やサプライヤー情報(リスク、財務、QCDなどの管理情報)のソーシングプロセスにおける情報の見える化を図ることは価値ある取り組みである。
しかし、クラウドパッケージではデジタル化が困難な業務もある。それが見積や査定の業務である。見積依頼をサプライヤーへ提示するために、バイヤーは過去の見積や仕様情報を参考にし、市場情報などを組み合わせてから金額妥当性を分析・判断して見積を依頼する。当該業務のデジタル化を考えた場合、「過去の見積や仕様情報をデジタル化すること」「バイヤーの頭の中にある分析工程、分析結果による意思決定プロセスをデジタル化すること」が必要となる。それは、見積依頼取得までの依頼内容分析や目標価格決定のように、「データ集約」「集約データの分析」「分析結果を基に意思決定」と人の意思が入るプロセスである。
そこで、AIの活用によってバイヤーが使用する様々なデータを構造化することで、人が行っている意思決定プロセスの自動化が見込める。

図1 クラウドパッケージの活用による見える化

図1 クラウドパッケージの活用による見える化

AIを活用したソーシング業務改革のステップとポイント

次に、AIを活用したデジタル化実現に向けたステップとポイントを図2を使って解説する。

まず、紙やPDFのマニュアルで作成しているデータを構造化する。バイヤーが見積を行ううえで判断材料となる重要情報、例えば過去案件番号、材質、規格、法規情報、バイヤーが補記として残している情報項目を特定する。それらを、OCR (光学文字認識)装置などによって、項目単位でのデータ抽出や電子ファイル化を行う。その後、抽出ファイルにデータが保持している日付や組織情報といった検索時に利便性ある情報を付加して、システムのデータベース内に情報を保有させる。結果として、紙情報の構造デジタル化が実現でき、紙情報の中から必要な情報を探すという業務負荷の軽減につながる。

次に、ベテランバイヤーのノウハウ標準化と、その情報をAIアルゴリズムに取り込む。そのために、まず、対象業務に精通するベテランバイヤーの判断プロセスを詳細に把握する。それに基づき、組織としての標準的な判断プロセスを設計して、AIアルゴリズムとして構築する。例えば、「材質“A”と規格“X”に類似したものは材質“B”と規格“Y”である」といった判断のノウハウである。これらの判断プロセスの設計には時間を要する。そのため、まずはどの商材から取り組み始めるかを選定し、段階的に効果を確認しながら、商材を増やしていくアプローチが確実である。結果として、ベテランバイヤーのノウハウを基に構築されたアルゴリズムを組織として活用でき、属人性が排除されると同時に後継へのノウハウ引き継ぎに役立つ仕組みができあがる。

最後に、構造化したデータとベテランバイヤーのノウハウによるアルゴリズムをシステムに実装する。もともと紙情報を目検で確認していた帳票上の重要項目が閲覧しやすく、実務に最適化された画面や操作性を意識したシステムにすることが肝要である。当社が支援した一例を挙げると、オーダーメイド品を扱う大手化学メーカーでは本取り組みによって対象類似商材検索(一次検索)から明細・仕様確認(二次検索)まで最大60分程度かかっていた検索業務が5~10分程度で検索できることに実現した。

図2 ソーシング業務改革へのアプローチ

図2 ソーシング業務改革へのアプローチ

ソーシング業務のデジタル化がもたらす可能性

データを構造化し、特定業務を効率化し、ノウハウを伝承することの有用性は既に示した通りである。さらに、デジタル化したデータは、業務効率化にとどまらず、査定価格算出の自動化など業務高度化に向けた活用も可能だ。
図3の通り、現場以外での企業の活動においても、調達組織が持つデータを活用することで、企業価値向上につなげることもできる。例えば、今までデータ化しきれていなかったコスト分析データを経営レベルから現場への示唆・提言として利用し、企業の利益貢献に直結させることが期待できる。また、サプライヤーとのシームレスなデータ管理によって、サプライチェーン途絶やビジネスチャンス喪失のリスクを回避できる。加えて、有事の供給責任を果たすレジリエンス強化、外部情報を活用したコンプライアンス強化といった社会的価値向上にも寄与する可能性がある。

図3 企業価値向上に貢献するソーシング業務のデジタル化

図3 企業価値向上に貢献するソーシング業務のデジタル化

データを可視化することは調達部門が付加価値の高い業務にシフトするための第一歩である。今回解説した取り組みをきっかけに査定業務などの高度なソーシング業務を実現し、また、サプライチェーンリスクに対しても同様にデータを可視化し、シームレスにデータを活用することで、迅速な意思決定を実現していただきたい。調達部門のミッションは、事業活動に直接的・間接的に必要なモノやサービスの調達活動の中でコスト管理を進め、そうした取り組みの中で社内にある資金を管理・統制する仕組みを作り上げ、会社の利益率向上に貢献することである。今回解説したデジタル技術の活用によって、日系企業の調達部門の戦略的位置づけが向上されると幸いである。
アビームコンサルティングとしても、今回ご紹介したソーシング領域やサプライチェーンリスクとなるサプライヤー管理といった改革着手が迫られている調達部門の業務に対して、デジタル技術を活用したご支援をしていきたいと考える。

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