鉄道業界における異業種参入のトレンド
と今後の方向性

 

2022年3月24日

金融ビジネスユニット 大野 晃
産業インフラビジネスユニット 酒井 雅江
金融ビジネスユニット 小林 悠彌

 

1. 鉄道会社による異業種参入

新型コロナウイルスが鉄道業界に大きな影響を与えるようになり2年近くが経過した。アビームコンサルティングが2021年3月に公表した「New Normalにおけるワークスタイル動向調査」によれば、ワークスタイルの変化、企業及び就業者の意識の変化によりテレワークが拡大し、通勤需要についてはコロナ禍以前の水準へ完全に回復することは難しいという見立てである。
本インサイトでは、このような背景を踏まえて、鉄道業界における異業種参入のトレンドと今後の方向性について紹介する。
まず、本章では、ウィズコロナ・アフターコロナにおいて鉄道会社が目指す姿について、大手鉄道会社が2021年度に公表した中期経営計画や決算概況など(JR6社と大手民営鉄道のうち売上高上位8社を対象)に基づき整理する。
まず経営の根幹となる運輸事業は、コロナ禍による需要喪失に加え、それ以前から見込まれていた人口減少(図1)も視野に入れると益々厳しくなることが予想される。そのため、そうした経営環境に対応し、運輸事業の抜本的な構造改革に取組み、経営の柔軟性を高めていかなければならない状況にある。すでに、運賃の見直し、減便、終電の繰り上げなど、利用状況に応じたサービスの見直しが進められており、さらに、生産性の向上のためのデジタルトランスフォーメーション(DX)が、チケットレス化、ワンマン・自動運転の拡大、IoTなどテクノロジーを活用した予防保全・予知保全(CBM・スマートメンテナンスなど)の推進などを益々加速していくと予想される。また、収益拡大に向けては、例えば都市近郊でのマイクロツーリズムなどの観光需要拡大や、地方におけるワーケーション需要の喚起など、新たな需要の創出が加速すると見込まれる。
次に非運輸事業だが、大手鉄道会社による多角化経営(=異業種参入)の歴史は長い。何故なら、鉄道各社では沿線における付加価値提供により、沿線人口の増加や沿線利用者の拡大を狙ってきたからである。そして昨今の顧客ニーズの多様化や厳しい経営環境を勘案すると、今後このような取組みは更に拡大していくことが予想される。例えば、前述のワークスタイルの変化などに対応したシェアオフィスに代表される駅・駅周辺におけるサービスの拡充、駅周辺や沿線の魅力的なまちづくりなどはその代表例であろう。また、非接触型の交通系ICカードの浸透により、利用者の移動・購買・決済に関わるデータを鉄道会社が活用できる機運も高まっている。沿線の人々のくらしを豊かにすることを目指し、個人向けコンシェルジュサービスといった新たな価値創出に向けた取組みに着手し始める会社も見られ、鉄道各社は益々このような動きを進めていくのではないだろうか(図2)。
このように、鉄道各社はしっかりと足元の運輸事業の基盤を固めながら非運輸事業の収益力拡大に取り組み、コロナ禍を受けて今後さらに新たな成長事業・成長分野への進出を志向していくと予想される。すでに、DXを活用して新たな事業領域へ積極的に進出した例もみられる。次章では、活発化する鉄道会社の新たな異業種参入具体例を示したい。
 

図1 全国人口推移             図2 鉄道各社が掲げる主な方針

「図1 全国人口推移」と「図2 鉄道各社が掲げる主な方針」

2. 新たな異業種参入の事例

近年の鉄道会社の異業種参入事例は、「①進出先業界の業法改正への対応」「②社会動向の変化への対応」という2つの観点に基づき整理することができると考える。
まず、進出先業界の業法改正への対応として、キャッシュアウト事業やエネルギー小売り事業への参入が挙げられる。キャッシュアウト事業では、銀行法の改正を受け、沿線利用者が券売機で現金の引き出しができる仕組みの構築と展開を図っている。エネルギー小売り事業では、電力事業への市場参入規制の緩和(電力自由化)を背景に沿線顧客に対して自社のポイントサービスや他生活サービスを組み合わせた事業展開を行っている。
次に、社会動向の変化への対応として、MaaS推進事業やシェアオフィス事業への参入が挙げられる。MaaS推進事業では、都市部における渋滞問題や環境問題、高齢化・過疎化する地方部の交通弱者の問題などを見据え、鉄道会社がタクシーやバスなどの他運輸事業者と連携したシームレスな交通サービスの検討・展開を進めている。シェアオフィス事業では、社会全体の働き方改革の推進を受け、遊休資産などを活用したシェアオフィスの設置による沿線価値の向上と事業機会の創出の場の提供を行っている。
異業種参入の契機は異なるものの、いずれも、鉄道会社が所有するアセットにデジタルを融合することで、事業の実現性を高め、新規収益獲得への寄与を企図している(図3)。
 

図3 鉄道各社の異業種参入事例

図3 鉄道各社の異業種参入事例

3. アビームコンサルティングが考える異業種参入事業の考察

これまで述べたとおり、鉄道各社の異業種参入は多様化しているが、今後もこの変化は留まることがないと予想される。本章では、鉄道会社による新たな異業種参入の一例として、2021年11月に施行された「金融サービス仲介業」、2020年に政府が目標として掲げたカーボンニュートラルに係わる「EV充電事業」という2つのテーマについて考察する。

① 金融事業の拡大や連携強化
鉄道会社においては、金融事業拡大により、自社沿線顧客への幅広いサービス提供による顧客エンゲージメント強化や自社経済圏の拡大が十分に期待できる一方で、現状は交通系ICカードをはじめとする決済サービスや保険代理店など、一部の事業進出に留まっている。金融サービス仲介業の活用は、金融事業への参入や拡大への足掛かりとして期待できる。
金融サービス仲介業は、これまで銀行・証券・保険・貸金業と縦割りだった金融商品の仲介が、「高度な説明を要しない」金融商品に限り、単一の免許で分野横断的な提供を可能とするものである。(詳細は、インサイト『「金融サービス仲介業」創設がもたらす事業拡大機会』を参照)
鉄道会社がこの「金融サービス仲介業」を活用する上では、鉄道会社の最大の強みである顧客の生活動線上の接点(駅や百貨店、商業施設などの不動産)を活用した「対面型サービス」と、鉄道会社が保有するEC・スマホアプリなどを利用した「非対面型サービス」の両面からのアプローチが肝要である。
また、企業の金融事業における「目指す着地点」によっても取るべき方向性は大きく変わるが、ここでは、沿線価値向上と既存事業拡大の観点から、金融商品仲介業を活用した顧客誘引の2例を記載する。まず自社で金融商品仲介業に参入するケースとして、沿線の駅構内や百貨店、商業施設内へ金融商品販売の営業店舗を拡充し、更に補完的にWebサービスを展開するというアプローチが考えられる。一例としては、営業店舗で中高年層や資産形成層をターゲットに顧客課題解決型の金融サービス・コンサルティング提供をし、Webサービスではその他の層をターゲットにAIなどテクノロジーを活用した効率的な金融商品販売を展開するといった戦略などが考えられる。一方で、自社で金融商品仲介業への参入はせずに顧客誘引を図る方法として、既存の金融商品仲介業者や保険代理店などとのアライアンスにより、自社の顧客生活動線上に提携営業店舗を拡充し、顧客の誘引を促進するというアプローチも考えられる。
このように目指す方向性により、各社が取るアプローチは異なるものと想定されるが、「金融サービス仲介業」は金融事業参入の一つの切欠として利用できるものと推察する。

② EV充電事業への参入
モビリティ業界では、政府が「グリーン成長戦略」(2020年12月)において、2030年代半ばまでに新車販売の100%電動車化を標榜したことも受け、EVシフトの加速化が予測されており、その実現にはEV充電スポットの普及が必要不可欠である。こうした潮流を捉え、EV充電スポットの設置・運営に加えて、自ら電力事業も手掛けてスマート充電(充電タイミングや充電速度など充電セッションを制御して行われるEV充電)を行う「EV充電事業」に、2つの理由から鉄道会社の商機があると考える(図4)。
 

図4 鉄道会社によるEV充電事業案

図4 鉄道会社によるEV充電事業案

一つ目の理由は、インフラ投資を伴うEV充電事業を実施していくにあたり、鉄道会社は投資採算性を向上できる独自のアセットを保有している点である。車両交通・鉄道交通の合流点である「駅」は、充電スポットの稼働率確保に有利な立地であり、売上確保に寄与するだろう。また、他業界に比べて大きな電力需要を活かして、電力を一括調達するとともに、鉄道会社自らが構築している電力網を経由して供給すれば、調達電力コストを抑えられる。近年では、再生可能エネルギーの需要が増え、日中の電力価格は安価になる傾向にあるため、スマート充電で充電タイミングを制御すれば、調達電力コストはさらに抑制できるものと推察する。
二つ目の理由は、EV充電事業を手掛けることによって、他の事業への相乗効果も期待できる点である。スマート充電のベースとなる電力事業を既存顧客チャネルに対して展開すれば、電力販売による収益獲得が期待できる。また、バス事業・カーシェアリング事業などの車両をEV化した際には、スマート充電によって車両燃料コストの削減もできるだろう。
このように、鉄道会社は、EV充電事業の投資採算性だけでなく、他の事業への相乗効果も期待できるため、他業界に比べてEV充電事業を有利に進めることができるものと推察する。
金融事業、EV充電事業について考察してきたが、鉄道会社は沿線顧客に係る様々なアセットを持つことから、今回取り上げた事例に留まらず、多様な分野への事業展開とビジネスの広がりを描けるものと考える。

4. 鉄道会社の異業種参入におけるアビームコンサルティングの取組み

アビームコンサルティングでは、多数の鉄道会社の支援実績のほか、幅広いインダストリーにおける実績を有しており、各社が保有するアセットの棚卸とそれに基づく参入先の検討が可能である。また、戦略策定領域の実績も多く、異業種参入については方法論やスタートアップとのリレーションなども保有しており、本領域の支援機会は増加している。今後も業界を問わず、様々な企業の異業種参入という挑戦へ、リアルパートナーとして力強い支援をしていく(図5)。
 

図5 アビームコンサルティングによる異業種参入支援

図5 アビームコンサルティングによる異業種参入支援

本インサイトでは、鉄道業界の足許の潮流と多様な分野への事業展開の可能性について考察した。既に発信をしている「異業種参入のトレンド、および成功に向けたアプローチ [総論編]」「地方銀行による地域商社事業進出の考察」も是非ご覧頂きたい。

関連ページ

page top