企業変革の実現に繋がる「DX構想」の押さえ所

2022年4月27日

昨今、いかなるビジネスにおいてもDX(デジタルトランスフォーメーション)は避けられず、経営方針でDXに触れていない企業は見られないと言えるだろう。しかし未だに多くの取組みはペーパーレスなどIT化やデジタライゼーションにとどまり、テクノロジーの進化に対し、企業経営の進化が追い付いていない現状である。本質的にDXとは、事業構造そのもの、ひいては企業のカルチャーをトランスフォーメーション(変革)することであるが、その改革を実現・継続することができている企業はほんの一握りである。
これほどまでにDXが謳われているにも関わらず、なぜDX実現が困難であるのか。その一つには「DX構想」が大きく影響している。昨今、「DX戦略、DX構想を考えたい」というご相談も増えているが、IoTなど手段であるテクノロジー導入が目的化していたり、既存事業ありきの将来像に留まり新たな成長の可能性に考えが及んでいなかったりと、そもそも「DX構想」として捉えている内容には企業や組織によってばらつきが大きいと感じている。
そこで、アビームコンサルティングのこれまでの経験からテクノロジーを梃子に事業ドメイン・ビジネスモデル変革ひいては全社の企業変革の実現に繋がるDX構想の要諦を明らかにしたい。本インサイトがDX構想を描く一助となれば幸いである。

1. DXは環境変化に合わせアジャイルに変革を実行するからこそ、自らの“拠り所”が必要

■拠り所として、自らの「コア」を特定せよ
ベーシックな戦略論では、まず外部に目を向け環境分析から入ることがセオリーとされているが、デジタルを前提とした俊敏性が求められるアジャイルの戦略実行においてはうまくいかないことが多い。既存の枠組みが簡単には通用しない中、外部の情報収集・分析から着手したとしても無限に情報を探り続けることになり、変化のスピードに耐えられず、自分たちがどの事業ドメインで戦うのかを定義できなくなるだろう。何より、自分たちがたまたま収集できた表層的な情報をインプットして環境を理解した“つもり”になって戦略を策定しても成功確率は低い。無味乾燥な“べき論”を振りかざす構想を立てたとしても、自社にそれを実行するケイパビリティ(能力)が備わっておらず、結果「人材不足」が槍玉にあがるということが起こりがちである。あるいは、答えありきで、自分たちの思い込みを補強する情報を後付けし、一見正しそうな戦略が描かれてしまうことも良く起こりうる。
そのため、外部環境に目を向ける前に、まずは自らの「コア」に目を向け、自分たちの存在意義を見出さなければならない。その上でデジタルを取り入れ、強みとして「何を伸ばすか」「戦う土俵はどこか」を突き詰めるという進め方である。ここで忘れがち、あるいは決断を避けがちなのが、「何を手放すか・捨てるか」「どの土俵で戦わないか」である。徹底的に考え抜いた末に「コア」を再定義していなければこの判断ができず、総花的な“べき論”の抽象度が高過ぎるどの企業にも当てはまる戦略目標を掲げることになってしまう。そして自ら掲げておきながら、「やらなければならないができないこと」に思い悩むことにもなる。自らに社会における自社・事業の存在理由を問う「Why(なぜ我々は存在するのか)」を突きつけ、省みないことにはDXによる企業変革は始まらない。
デジタル・テクノロジーを梃子に、戦う場所・相手・戦い方を変えるには、自分たちが何者であるかを定義し、軸を持たねばならない(図1)。
 

図1 自社の“これまで”と“これから”を繋ぐ「Why」

図1 自社の“これまで”と“これから”を繋ぐ「Why」

■「コア」は想像でなく現場と外部ベンチマークによる事実ベースで冷徹に再定義する
では、自分たちの「コア」をどう見極めれば良いか。まずは、ビジネスの勝ち/負けパターンから、自社の提供価値や競争優位性を再認識する必要がある(図2)。事実・数字で掘り下げて棚卸しし自分たちの状況を捉え直すには、ベンチマーク分析で自社と他社の違いを突き止めていくという方法が有効である。自社では気づいていなかった強みや、逆に感覚的に強みと信じていたものの間違いに気づくことができるだろう。
この際、自社の「DNAレベル」「企業風土」で刻み込まれ、慣習として当たり前になっていることまで、忖度なく怜悧・冷徹な評価が必要である。そしてパーパスやミッションレベルで社会における自社“ならでは”の存在価値を見出さなければ長期的な企業存続はおぼつかないものとなる(図3)。
 

図2 ファクトに基づく「コア」の見極め

図2 ファクトに基づく「コア」の見極め

 

図3 「提供価値」「優位性」を支えるケイパビリティ

図3 「提供価値」「優位性」を支えるケイパビリティ

2. DX VisionおよびStrategyは全社視点で捉え直す

このように「Why」を重ねることでブレない芯を突き詰め、既存の枠組みに囚われず「DX Vision(全社のありたい姿)」を掲げたうえで、新たに「Strategy(事業別DX戦略)」を固めることが重要となる。
「DX Vision(全社のありたい姿)」は、10年後20年後の将来に想定される外部環境を洞察し、ゼロベースで未来に実現したい世界観を描いていく。アビームコンサルティングでは、未来は「予測するもの」ではなく、自らが実現したい会社・個人の状態と、ひいては実現したい社会環境を「定義すべきもの」だと考えている。抽象度が高く聞こえの良いスローガンを掲げるのでなく、自社都合のプロダクトアウトな考え方で目標を立てるのでもなく、リアルな映像のイメージで共有・共感できるような社会インフラや生活者のあるべき姿を描き、そのなかで具体的に自社の位置づけ(関わり方・貢献の仕方)を定義していく。
「Strategy(事業別DX戦略)」は、「DX Vision」を実現するために、自社“ならでは”の提供価値を徹底的に問い直して再定義し、それを具現化する製品・商品・サービスや、その提供方法を設計していく。DXは10年後20年後の全社の在り方を起点にするため、既存事業のビジネスモデル変革に留まらない。今はない製品・商品・サービスやケイパビリティを想像していくことになるが、デジタルの活用や外部パートナーとの共創を梃子に長期視点で戦略的にどう実現するかシナリオを描くことが重要である。

3. 事業基盤となるケイパビリティは、「System」を軸に3Sの位置づけ・関連性を見直す

ここで10年後20年後に向け、従前のビジネスを成り立たせてきた人材や組織がそのまま活用できないことは自明のことであろう。「DX Vision」と「Strategy」を実現するためにケイパビリティを設計・再構築するには、「3S』(System、Structure、Staffing)の視点で捉え直す方法がある(図4)。

図4 DX構想のフレームワーク
(ビジネスモデルを描くDX Vision・Strategyと、それを具現化するケイパビリティの3S)

図4 DX構想のフレームワーク

■「System(プロセス・データ)」:まず「Strategy」を支えるデータドリブンのプロセスを設計する
ありがちな間違いは、目につきやすいDX人材不足を課題にあげることや、拙速にDX組織の箱を置いてしまうことである。最初に焦点を当てるべきは「System」である。「System」とはITのツールではなく、ビジネスを動かすオペレーションの“仕組み・基盤”を指している。
ここで重要なのが、いかに体系立てて“使える”データを蓄積するかである。テクノロジーの進化によって多種多様で大量のデータが扱えるようになったからこそ、情報を持つだけでは優位性は築けない。様々なデータを有効に活用して他者にはできない判断をすることや、他者に先んじた実行に繋がるデータを獲得できることが競争優位の源泉の一つになる。そして必要なデータが蓄積されるようゼロベースで業務プロセスを設計し、そこで蓄積したデータからリスクと機会を可視化し、プロセス再構築を繰り返すことで新たな製品・サービスを提供していくことである。DXを実現するための組織や人材も、ここで設計するプロセスやデータに依存する。オペレーションは、極論、人がデータを使うのでなく、データが人を動かす発想の転換が必要である。一般的に、人がどのように業務を動かすのかをモデル化した業務フローを設計する場合が多いが、データがどのように繋がるのか、データフローの設計を優先し、そこに人がどう関わるのかを設計していくという考え方が重要になる。

■「Structure(組織)」:全社をリードし「System」全体を企画・運用するDX推進機能が不可欠
組織の末端までデータ連携しビジネスとオペレーションを再構築していくにあたり、DXを現場任せ・既存事業部任せにしない組織作りが重要となる。全社のDXテーマを掲げ、足並みを揃えたDX企画・推進機能を配置することで、DX構想後の実行フェーズで着実に変革を進める組織能力を高めることができる。例えば、市場と接点をもち顧客情報を持つフロントとバックを繋ぐミドルオフィスとしてDX推進組織を置く場合もあれば、企業の中核としてCEO(最高経営責任者)直下にCDO(最高デジタル責任者)を配置する場合や、逆に本社の外にグループ全体のDXを担う新会社を立ち上げ、全社のDXを推進する権限と役割を持つ場合もある。既存ビジネスを根本的に見直すDXにおいて、社内で誰もやったことがない全社のチャレンジを成功させるには、旗振り役・調整役が欠かせない。自社の現在地、DX  Visionとして掲げるゴールや方向性、そして「Why」で突き止める自社の存在意義やコア・コンピタンスに合わせた組織構造改革を伴わねば、ありたい姿や戦略は画餅となってしまう。

■「Staffing(人材)」:人事戦略を後付けにせずDX構想の一環と捉え、「System」で定義するプロセスを機能させる人材改革を包含する
最後に、経営を支えてきた人材マネジメントの仕組み・制度を再構築し、テクノロジーを活用して新たなビジネスを創出するチャレンジを促す仕組みが必要となる。ジョブ型雇用への移行や、組織の統廃合によって既存の人事制度ではできなかった専門人材の育成や特別な処遇を可能にするなど、方法論は各社様々であるが、ビジョンと人材マネジメントを繋げる具体的なシナリオに落とし込むことが重要となる。人材戦略は後から検討しがちであるが、組織・人材の成長あってのビジネスの成長であり、この一体変革はDXの前提と心得えたい。

こうして「Structure」「Staffing」にメスを入れ、企業としての行動様式や考え方・価値観といった「Culture(文化)」を“意図的に”作り変えていくことまでがDXの範囲に含まれる。

4. DX構想策定の事例

ここで、プラントやエネルギー・社会インフラ構築を行うエンジニアリング会社のDX構想策定の一例を紹介したい。実施背景には、国内市場飽和、設備長寿化を受け、事業領域が広がる中、技術進化やCOVID-19の影響を受け、長期視点で全社の在り方・戦い方を見直す必要があった。

■コアである「設計」を軸に企業変革
まず当該企業では、施設・インフラひいては都市機能を新たに創り、支え、持続させることを存在意義とし、市場から選ばれている最大の要因として、エンジニアリングチェーンのなかで「設計」の多様性・柔軟性に自社のコア・コンピタンスがあると全社で再確認した(図5)。
この競争優位の源泉を更に強化すべくAIによるシミュレーション工程を加えた。これは人をAIへ置き換えるのでなく、蓄積データから膨大な変数を動かしてプラント設計のドラフトを早く・数多く・何度もシミュレーションすることで、コアである「設計」の中心にいる技術者が判断するスピードと量を上げることを志向している。これにより、設計の品質を向上しつつ、エンジニアリングチェーン全体の工程を圧縮しコスト削減するとともに、工期短縮による顧客へのサービスレベル向上を図っている。
内部の知見にこだわらず、縛られず、新たなテクノロジーを取り入れるためにCVC(事業会社が社外のベンチャー企業に投資を行う活動)なども積極展開する。さらに、4D、5Dの技術を導入し「建設」だけでなくその後の「運用」「保守」を「設計」段階でスコープインすることで、川下へ事業ドメインを広げて予知保全サービスを確立し、モノからコトへのサービスの転換や、新たな収益源の確保を目指している。
一方で、自分たちのコアではないと判断した「調達」や「建設」はDigital Twin(現実世界を仮想空間に再現する技術)とデータを中核に据え、社内外とタイムリーに情報連携しながら、業務の自動化・遠隔化に振り切るよう方針転換した。事業の一部をカーブアウトすることも視野に入れている。
ビジネスの方向性とリソースについて“選択と捨象”を明確にし、テクノロジーを梃子に「戦う土俵・伸ばす能力」と、「手放す機能・伸ばさない能力」を切り分けている好例である。
 

図5 エンジニアリングチェーンの再構築

図5 エンジニアリングチェーンの再構築

■一から「統合データプラットフォーム」を構築
この全社視点で突き止めた「コア」となる“設計力”を軸とした未来の事業ドメインと新たなサービスモデルを実現するために、どのようにケイパビリティを具備していくのか。
「System」に着目し、「いつ・どこ・誰でもすぐに最新・最適なデータを業務に活かす事ができる環境」をコンセプトに、社内外の構造・非構造データを統合した。これにより、プラントなど設備の運用・保全や、次のプロジェクトで設計シミュレーションなどの業務において、データを起点とした柔軟なプロセスが設計・運用され、業務の効率・品質向上を実現できた。
扱うデータの量・性質が多岐にわたる背景があり、業務だけでなくデータ管理自体も柔軟性を確保している。分散されたデータを無理に一元的に集中管理するデータ基盤を作り込むのでなく、サービスメッシュによる自律分散型データプラットフォームを形成している(図6)。
これにより、設計から運用・保守まで一連の流れで、また一見関係がなく分断しがちな事業部間の情報も、全てをデータプラットフォームが繋ぐことで、設計アイデア・シミュレーションを高度化できるようになった。
さらに、ここで「Staffing」の視点も入れ、人材戦略としてシステムアーキテクチャの設計やデータアナリストだけでなく、こうした全社のあらゆるデータとサービスを管理しコンセプト創造できるデータストラテジストを持続的に確保・育成する人事施策・制度も整備した。
 

図6 全社や外部も繋がるデータプラットフォーム

図6 全社や外部も繋がるデータプラットフォーム

■CDOオフィスと事業部DX機能の連携構造
当該企業では、各事業横断でデータを利活用することや、既存の事業の枠組みを超えて社会インフラを複合的にサポートする新規ビジネスも見据えている。また既述のとおり、これまで保有していた機能でもコアとなる競争優位に繋がらない機能は再編のメスも入れている。こうした企業変革を推進するために「Structure」を見直し、全社のDX推進機能としてCDOオフィスを設置し、全社のDXテーマを掲げリードする役割・責任と権限を与えた。一方で、各事業部内にも具体的なDX施策を現場に浸透させる機能を置き、全社にとって新たな競争優位となるコア・コンピタンスを全社へフィードバックする役割も負っている。これにより、DXを誰かが描いた対岸の活動でなく、事業部も自分事として捉える仕掛けを設けている(図7)。
 

図7 DX推進体制

図7 DX推進体制

以上が、部分的な紹介ではあるがアビームコンサルティングが支援したDX巧者のDX構想策定における一例である。各事業部、技術本部、本社機能の混成チームで全社DX構想を策定し、自社のコアを軸に、全社で足並みを揃えながら既存の枠を超えた事業変革ひいては企業変革を描き実行している。
こうした全社の在り方を根本から見直すことは容易ではなく、どうしても既存組織の“しがらみ”や、影響力を持つリーダーの“想い”に引きずられ、現状の延長線上にある自力でできる狭い範囲の改善活動に留まってしまうことも多い。我々のようなコンサルティングファームや、先端テクノロジーを持つ専門会社といった外部パートナーと共想・共創して将来像を描き・実現していくことも肝要である。

今回ご紹介した通り、最新技術やツールの導入に飛びつくのでなく、また、ビジネスモデル変革の絵を描くだけでなく、愚直にコアの見極め・磨き込みと、データ起点のケイパビリティ設計・再構築に取り組むことで、自社らしさを持った将来像と実現シナリオを描くことができるだろう。

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