自動車販売デジタルシフトがもたらす
ビジネスモデル変革

第5回 自動車販売「つながり」モデルへの転換に向けた必要条件

2022年7月29日

自動車販売のデジタルシフトをテーマにした本シリーズの第2回第3回 では、オンライン販売が、これまでディーラーが目指してきた「お客様とのつながり」を中心に置いたビジネスモデルへの転換のきっかけとなりえること、そのきっかけを活かすためにまず問うべき論点が「リアル店舗の存在意義」であることを解説してきた。さらに、「リアル店舗の存在意義」は、自動車販売やアフターサービスという従来からの収益源に縛られずに、生活者の「ライフ」まで拡張して考える必要があることを解説した。
第4回 では、「既存プロセスのデジタル化」の効果をあげるためのポイントの1つが「店舗でデジタル技術を使いこなすケイパビリティを獲得していること」であることを解説した。

自動車販売デジタルシフトの最も深い深度である「オンライン販売」でも、最も浅い深度である「既存プロセスのデジタル化」でも、デジタルシフトの潜在能力を最大限に発揮するための必要条件は一致している。

本シリーズの最終回である第5回では、デジタルシフトに取り組む際に、メーカー・ディーラー本部・店舗が最優先で取り組むべきポイントとして、上記の必要条件を解説する。

まず、デジタルシフトの潜在能力を最大限に引き出すために、アビームコンサルティングが提唱している「自動車販売“つながり”モデル」を提示し、次に本モデルへの転換に向けた現実的な課題と対応策を解説する。最後に、「自動車販売“つながり”モデル」への転換を、自動車メーカーのビジネスモデル変革の中に位置づけ、その重要性を再提示する。

「自動車販売“つながり”モデル」とは

本シリーズの第3回 でも言及したように、ディーラーは「顧客のカーライフを守り豊かにする」存在であろうとしてきた。オンライン販売が普及した後のリアル店舗の存在意義には複数のパターンが想定されるが、いずれのパターンにおいても「顧客が実現したいと思う生き方を実現できるように支援する」存在であることは共通している。この考え方を、ディーラーの収益源も加味して図解すると、図1のようになる。

図1 「自動車販売“つながり”モデル」

図1 「自動車販売“つながり”モデル」

図では、1本の木が、1店舗を表している。ディーラー本部から見れば自らの商圏の中に複数の木が存在する林のように見えているはずである。
ディーラーの収益源は、従来のビジネスモデルでは新車販売・中古車販売・アフターサービスなどがあった。今後は、商流によってはOTA(Over The Air)による機能アップデートの収益の一部をディーラーが受け取ることや、ディーラーがモビリティサービスに進出し、その収益を得ることも想定される。それらの収益源を木の果実として表現している。
リアル店舗の存在意義が複数パターン想定されること、ディーラーネットワーク戦略の観点から店舗によって収益源が異なるようになること、ブランドやディーラー本部の事業戦略によって収益源のバリエーションが異なることなどから、将来的にいかなる果実がなるかは、正確に予測することは困難である。
しかし、共通しているのは、この木は「顧客基盤」を幹にしていることである。「顧客基盤」という幹がしっかりとしていれば、その先に、どのような収益源を想定しても、リアル店舗として対応することができる。一方で、幹がしっかりしていなければ、従来の収益源である新車販売・中古車販売すらおぼつかない。
この考え方に基づくと、「自動車販売“つながり”モデル」でディーラーがKGIとしておくべきは「顧客基盤」であり、収益(例えば、新車販売台数)はその結果である。将来の収益源が何になるか不確実な現在だからこそ、ディーラーは「顧客基盤」という基本に立ち返るべきなのである。
さらに、このモデルには、もう1つの要素がある。収益源という果実と顧客基盤という幹を支え、育てる「土壌」である。農業において「土づくり」は重要な要素であり、人が意識的に長い年月をかけて豊かな土壌を作っていく。自動車販売でこの土壌に相当するものが、「お客様とのつながり」である。

つまり、「自動車販売“つながり”モデル」とは、「お客様とのつながり」という土壌で支え育てた「顧客基盤」を幹に、「収益源」という果実を育てていくモデルであり、「つながり」を主に、「収益源(例えば、新車販売台数)」を従とするモデルである。

「自動車販売“つながり”モデル」における、店長・スタッフの役割は、「土づくり」つまり「お客様とのつながり」をより強め、ロイヤリティを高めることである。
これまでの店長・スタッフは、販売台数や車点検入庫数など、果実の刈り取りを主に活動してきた。そのため、「お客様とのつながり」は代替需要を刈り取るための手段でしかなかった。本インサイトで提示している、「販売」発想のモデルから「つながり」発想のモデルへの転換は、これまでの活動の全てが主従逆転するほどのインパクトを持っている。

「自動車販売“つながり”モデル」への転換に向けた現実的な課題

これまで、ディーラーの各店舗はメーカーから提供されるトレーニングプログラムを活用したり、店舗内でロープレを中心とするトレーニングを実施したりすることで、「現場力」を強化してきた。これまでと同じ方向への現場力の「強化」であれば、各店舗が自律的に実施することを期待することもできた。
しかし、「販売」発想のモデルから「つながり」発想のモデルに転換しようとする今、これまで店舗内で自律的に現場力を強化できてきたことが、逆に現実的なボトルネックとなる可能性がある。
その理由は、販売現場である店舗の特徴が自律・小粒分散だからである。

■自律
各店舗では、営業責任者の指導の下ではあるが、店長が朝礼やスタッフミーティングでの指示出しや、提案力強化にむけた商品勉強会やロールプレイングを、自律的に実施している。
つまり、「販売」発想での現場力強化が日常のルーティンに組み込まれているということであり、自律的に動いている店舗の中のルーティンにまで手を入れることが必要となる。

■小粒分散
店舗は、各地に点在し、かつ各店舗の規模は小さい。自動車メーカーの開発・設計部門、ディーラー本部の業務部門と比較にならない程、小粒分散しているのである。
つまり、メーカーやディーラー本部が、「つながり」発想のモデルに転換すると大号令をかけたところで、現場にまでその趣旨や具体的な変更点が伝わらず、結果として現場の行動が変わらないということは、これまでのディーラー向け施策の結果を見ても実感をもって予測されることである。

つまり、「自動車販売“つながり”モデル」への転換に向けた現実的な課題は、活動目的の主従が逆転するほどの転換を、自律・小粒分散した店舗で仕事をしている現場スタッフに伝え、現場スタッフの行動変容へとつなげることの難しさである。
 

「自動車販売“つながり”モデル」への転換に向けた現実的な課題への対応策

アビームコンサルティングでは、これまでディーラー店舗にハンズオンで入り込み変革を支援してきた経験から、この現場力転換の肝は、店長にあると考えている。
これまでも、店長が変われば店舗が変わるということが一般的であった。店長とスタッフの相性もあるが、店長の交代で店舗の売上が上がることもあれば、下がることもある。それは、店舗内で現場力を強化するのも、転換するのも、店舗内で日常的に繰り返される会話や行動の積み重ねであり、その方向付けをしているのが店長だからである。

しかし、既存の店長にはっぱをかけるだけでことは進まない。まず、現場力転換の肝となる店長が、「科学的経営者」へとケイパリビリティを転換してもらう必要がある。
「自動車販売“つながり“”モデル」において科学的経営者である店長には、3つの特徴がある。

■特徴1 「自動車販売“つながり”モデル」を科学的・体系的に理解している
現在のディーラーの収益構造は、新車、中古車、サービス・部品、保険・その他の各部門収益が管理顧客を軸に相互に関連し、インセンティブ・マージンボーナスが重要部分を占める体系的な構造となっている。この収益構造に紐づく形で、試乗率や管理顧客コンタクト数などのプロセスKPIが位置付けられている。
「自動車販売“つながり”モデル」では主従が逆転し、顧客基盤数、特にロイヤル顧客数が最上位のKGIとなり、従来のプロセスKPIはそのインプットとして再配置される。収益はKGIのさらに結果である。
店長は、このKGI・KPI体系と収益のつながりの全体像を理解した上で、スタッフに具体的な行動を指示する必要がある。指示出しの際、「なぜその取り組みが重要なのか?」をスタッフに説明できるようにしておく必要があり、そのような説明ができなければ、スタッフはこれまでとの違いが理解できないだろう。

■特徴2 顧客基盤の状況・スタッフの活動状況をデータで把握できている
「当たり前のことを当たり前にやる」ためには、店長がスタッフに対して、「なぜ、何を」に加えて「誰に、いつ、どの程度」を合わせて示し、その状況を観察する必要がある。
一方で、現時点でも、店舗の管理顧客数を正確に把握できない店舗は多い。疎遠客の中には、顧客登録はしてあるが、数年にわたり連絡がとれていない顧客も存在する。加えて、商談履歴が蓄積されていることはあるが、「売り」につながらない顧客向けの活動が、アクションにつながるように定量的に把握できている店舗は少ないのではないだろうか。
まず、自店舗の顧客基盤の状況をデータで正確に把握することが第一歩である。さらに、結果としての顧客基盤だけではなく、土壌である「つながり」作りに向けた活動状況も把握できるようにしておく必要がある。

■特徴3 拠点経営を斬新的に進化させる、店舗改善ケイパビリティを習得している
販売の最前線である店舗は、日々、お客様に向かい合っている。そのような中、一気に、多くのことを変えることは現場の混乱を招き、逆にお客様とのつながりを弱めることになりかねない。よって、店舗の改革・改善は、部分的に徐々に進めざるをえない(漸進的進化)。しかし、これは時間をかければ良いということではなく、各スタッフの理解度や行動変容度を見極めながら、次の一手の内容と繰り出すタイミングを見極め、繰り出した次の一手を現場に定着させるまで愚直に指導を続けるという戦略的な能力を必要とするものである。

自動車メーカーのビジネスモデル変革の中での位置づけ

ここまで、販売現場であるディーラーの視点から、自動車販売デジタルシフトが「自動車販売“つながり”モデル」への転換のきっかけとなること、さらにその転換に向けた現実的な課題への対応策として、店長が「科学的経営者」へとケイパビリティを転換する必要があることを解説してきた。

最後に、リアル店舗の存在意義に向けた現場力転換、およびその肝となる店長のケイパビリティ転換は、自動車メーカー、特にデジタル化推進部門の責任であることを解説する。

図1において、「自動車販売“つながり”モデル」を1本の木として解説した。図1での解説は、ディーラー視点によるもので、そこに自動車メーカービジネスの視点を加えると、図2のようになる。

図2 「自動車販売“つながり”モデル」の全体像

図2  「自動車販売“つながり”モデル」の全体像

自動車メーカーは、従来のようなクルマを開発・製造して販売するという売り切りビジネスからの脱却を目指している。その一例が、図1でも言及したOTAやモビリティサービスである。加えて、トヨタのウーブンシティや、ホンダのHonda Drive Data Serviceのように、自動車メーカーはこれまでの自動車製造・販売とは一線を画するようなビジネスモデルにもチャレンジしている。この動きは、クルマを生活における1つのデバイスとして見立て、そこから得られるデータに着目しているものである。図2にある、2本目の木は、データ基盤を幹に、都市計画などを収益源とするものであり、将来的には広告・送客などOne to Oneデータ活用の収益源まで見据えていると推測する。

この2本の木は「土壌」すなわち「お客様とのつながり」を共通にする。ディーラーの視点からは、つながりを強めるために店舗での接客や電話などでのコミュニケーションを行う。自動車メーカーの視点からは、つながりを強めるためにアプリ・Webサイト・オペレーターサービスなどを準備して、顧客接点を持とうとしている。つまり、ディーラーも自動車メーカーも同じ土壌を耕しており、同じ土壌であることから両者の活動は不可分である。自動車メーカーがアプリやテレマティクスで顧客接点を進化させ、つながりを強化するためには、同じ速度で、リアル店舗での顧客接点も進化する必要がある。

よって、リアル店舗の存在意義に向けた現場力転換、およびその肝となる店長のケイパビリティ転換は、ディーラー本部に任せるミッションではなく、自動車メーカー、特にデジタル化推進部門の責任なのである。

本インサイトでは、全5回に渡って「自動車販売デジタルシフトがもたらすビジネスモデル変革」について解説してきた。これまでご紹介してきた通り、アビームコンサルティングでは、「自動車販売のデジタルシフト」は、営業スタッフの属人対応への依存を特徴とする「販売」発想のモデルから、メーカー・ディーラー本部・店舗が一体となってお客様と向かい合うことを特徴とする「つながり」発想のモデルへと本格的に変革していく絶好の機会だと考えている。アビームコンサルティングは、これまでの自動車販売領域の支援実績に基づき、自動車の次世代ビジネスモデル実現に向けた現場力転換を支援していきたいと考えている。   

自動車販売デジタルシフトがもたらすビジネスモデル変革

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