CXインサイト:動的に変化する価値観への対応
~顧客体験連鎖の構築~

2022年8月29日

昨今、顧客視点で自社のビジネスのあり方を考える動きが広がっているが、この様な取り組みにおいて重要なのは、自社の製品・サービスを通じて顧客が実現したいことや、享受したいと考えている「価値」に着目することである。

たとえば同じ製品・サービスを利用していても、その利用を通して享受したいと考えている価値はその人のライフステージや嗜好といった個性により大きく異なる。さらに、同じ人でも、環境の変化や時間の経過によって求める価値も変化するだろう。このような、顧客が求める価値の変化と多様性に焦点をあてることで、真に顧客視点で自社のビジネスのあり方を考えることが出来る。

では、「価値の変化と多様性に焦点を当てる」ために、具体的には何をしていけばよいのだろうか。
本インサイトではアビームコンサルティングが提唱するCX(カスタマー・エクスペリエンス)コンセプトの1つである「顧客体験連鎖」について解説する。
具体的なイメージを持っていただくために、我々が支援をさせていただいた日本ゴルフ協会での取り組みを題材に、「顧客体験連鎖」の重要性とその構築方法について解説する。

日本ゴルフ協会の顧客理解に向けた取り組み

日本ゴルフ協会は、日本のアマチュアゴルフを統括する公益財団法人であり、ゴルフの健全な発展と普及を図り社会に貢献することを目指す組織である。
日本のゴルフ人口は減少傾向にあり、2001年には1,340万人いたゴルフ人口は、2018年には670万人まで減少している。
このような中で、ゴルフ人口の減少を食い止め、ゴルフ業界を成長させていくことが、業界全体の喫緊の課題となっており、日本ゴルフ協会はこの課題の解決の一翼を担おうとしている。
ゴルフ業界の成長に向けて、新たにゴルフを始めてもらう/継続し続けてもらうための施策を考えるにあたり、日本ゴルフ協会では、まずは幅広い年代のアクティブゴルファーとノンゴルファー(離脱ゴルファー含む)の約4千名を対象に調査を実施することで、顧客理解に取り組み、我々もその支援をさせていただいた。

調査を通じてアクティブゴルファーを年代別に見てみると、10代:2%、20代:5%、30代:10%、40代:13%、50代:21%、60代:23%、70代以上:27%、という結果となった。
ゴルフというスポーツの特性として、幅広い年代の方が楽しめる趣味である一方、ゴルフを楽しむためには一定程度の金銭的・時間的なゆとりが必要になってくるという側面もあり、ゴルファーの年代別の割合をみると50代以上が70%を超える状況となっている。

こうした調査結果を解釈するときに重要なのは、「静的な状態として捉える」のではなく、顧客の様々な「動的な変化の結果として認識する」ことである。

50代以上のゴルファーが大多数を占めることから、一見、ゴルフはシニアマーケットを中心として考えるべきかのように見える。しかし、現役でゴルフを楽しんでいる50代以上の方のゴルフ歴を見ると、50代以降にゴルフを始めた人の割合よりも、40代以前から始めた人の割合の方が高い。例えば、女性の現役ゴルファーの実に約半数は25~34歳の時にゴルフを始めている。50代以降でゴルフを楽しんでもらうためには、それよりも前のライフステージでゴルフを始めてもらう必要があるということだ。
つまり、ゴルフというスポーツは「初体験から数十年後にプレーやレッスン、道具などへの時間・金銭の投資がピークを迎えやすいコンテンツ」という特性を持ち、「若い頃の体験が後の人生における継続と密接に関わっている」のである。このピークを迎えるまでに長い期間を要するように見えるものの、実際には30~40代で家庭をもち、趣味に使える時間が減ることでゴルフに接する時間が少なくなる、といったライフステージ上の影響を大きく受け、どうしてもゴルフとの心理的な距離が生じやすい期間が存在する。
 

図1 離脱ゴルファーのライフサイクルの例

図1 離脱ゴルファーのライフサイクルの例

これらを踏まえると、ゴルフというコンテンツのライフサイクル上、いかに20~30代の独身のうちにゴルフを楽しむという成功体験を積んでもらうか、また、ゴルフと心理的な距離が生じやすい子育て世代に対して、いかに接点を維持するかが、ゴルフ業界におけるLTV(Life Time Value/顧客生涯価値)を最大化するために重要な要素となることがわかる。

これに加えて、ライフステージごとにゴルフが持つ価値が大きく変化するだけでなく、そもそもゴルフに対する考え方も個々人により多様化していることが分かった。ゴルフは本来、いかに少ない打数でボールをホールに入れるか、スコアの優劣を競う競技性の高いスポーツである。しかし、調査結果からゴルファーはゴルフを基軸としつつ、コミュニケーションの促進や健康維持といった、スコアの向上にとどまらない様々な付随的な価値をゴルフに見出していることがわかった。
つまり、顧客の成功体験を促進し、長期的にゴルフとの接点を保ち続けてもらうには、ゴルフを通じて多様な価値観に対応できる様々な価値を提供することが必要なのである(図2)。

 

図2 ゴルフが持つ価値の多様化

図2 ゴルフが持つ価値の多様化

これまでの分析をまとめると、ゴルフの発展にあたって考慮すべきポイントが2点ある。一つ目は、ゴルファーの人口がピーク化しやすい50代以降のゴルファーの増加を促進し、LTVを最大化するためには、顧客のライフステージに合わせた製品・サービスの設計が必要ということである。二つ目は、顧客の価値観が多様化する中、ゴルフに求められる様々なニーズに訴求できる幅広い体験の構築が必要ということである。
ライフステージに合わせた価値提供を実現するためには、多様な価値に応えられる製品・サービスの設計と提案が肝要なのである。

以上の分析結果を受けて、日本ゴルフ協会は、女性や若年層のゴルファーを中心としたゴルフ普及施策の優先度を上げ、産業全体を巻き込んだ改革を歩みだしている。

ゴルフ業界のCXに関するアビームコンサルティングの考察

上記の調査のとおり、数十年単位で顧客を捉えると、ライフステージなどの環境の変化によって価値観も変わり、その結果としてゴルフに求める価値も大きく変化するとともに、個々人の趣味・嗜好によって多様なニーズが生まれていることがわかる。
そのため、生涯にわたって継続的にゴルフをプレーしてもらうためには、顧客の価値観やニーズに合わせた上質な顧客体験を提供し続ける必要がある。こうした価値観やニーズは多様化しており、ゴルフにも多様な価値の創出が求められている。

このような背景の中で、ゴルフのあり方は「顧客体験連鎖」という現象で大きく変化し始めている。
顧客体験連鎖とは、製品・サービスのコアコンセプトを基軸に、その提供価値を捉えなおし、様々な価値観に対応できるよう製品・サービスを広げていくという考え方である。そうすることで、顧客が持つ多様なニーズに応え、ライフステージに合わせた価値を創出し、長期的な顧客関係を構築することができる。
このような考え方を念頭にゴルフ業界を見ると、ゴルフの楽しみ方と製品・サービスの提供価値が多様化している事例が見られる。
ゴルフとファッションという新しい軸を組み合わせたアパレル事業者各社によるゴルフウェア専門ブランドの展開はその好例である。ゴルフのプレーにあたってブランド品のゴルフウェアを購入しゴルフをプレーする顧客は、ゴルフの競技性だけでなく、普段は着ないようなおしゃれなデザインや、派手な色のゴルフウェアを着る、また写真を撮るといった体験そのものを楽しんでいる。つまり、ゴルフを通じてファッションの自己表現が実現できるのである。
こうした事例はゴルフというスポーツや、ゴルフ場が持つ非日常性といった場の特性を効果的に活用している。
また、ライフステージにおける価値観の変化に対応した事例として、ゴルフとキャンプの組み合わせが挙げられる。家族との時間を優先することが求められる子育て世代とゴルフの心理的な距離は大きい。こうした顧客に対し、キャンプとゴルフを組み合わせることで、家族と楽しむキャンプの一環としてゴルフをプレーする時間を作り出している。
このように、ライフステージによってはゴルフとの心理的な距離が大きくなったとしても、適切な提供価値の提案を通じて心理的な距離を縮め、ゴルフのプレーにつなげることができるのである。

上述の例の通り、製品・サービスのコアコンセプトは維持しつつ、様々な付加価値とのつながりを設け提供価値を拡大することで、多様なニーズに応えることが可能となる。
従来の製品・サービスのあり方では必ずしもターゲットとならない嗜好やライフステージの顧客に対しても、アプローチをあきらめるのではなく、提供する価値を業界横断的に変容・拡張させることで様々なライフステージへのアプローチを実現し、顧客と長期的な関係を築くのが顧客体験連鎖の考え方である。
一方で、このような顧客体験連鎖を作り上げることは単一の企業には容易ではない。そのため、企業間・団体間の連携が不可欠であり、顧客も結び付けて、新たな価値の創出を実現するエコシステムの構築が必要となる。

まとめ:顧客体験連鎖の構築の重要性

最後に、上記の考察での重要なポイントを整理する。既存の顧客のみを見据え自社の提供価値を定義していては、多様化した顧客の価値観に応えることができない場合がある。そのため、様々な顧客に上質な顧客体験を提供するためには、既存の製品・サービスの特性を制約とするのではなく、コアコンセプトにライフステージごとに顧客の求める価値をつなぎ合わせ、連鎖的な提供価値を設計する顧客体験連鎖の考え方が重要となる。また、こうした提供価値の拡張は必ずしも単一の企業のみで実現するものではなく、様々な他企業との連携を通じたエコシステムの構築によって、顧客体験連鎖を創出できるだろう。多様化する顧客の価値観に対して、自社の製品・サービスがどのような価値を提供するかを焦点とし、ビジネスのあり方を定めることが肝要といえる。

関連ページ

page top