金融業における事業ポートフォリオ戦略

-事業ライフサイクルとの関連からの考察-

 

金融業と事業ポートフォリオ戦略

事業ポートフォリオ戦略とは各事業の「勝ち負け」を定量的かつ定性的に分析し、自社の企業価値向上のために事業の「入れ替え」を実行することで、持続的な成長を達成しようとするものである。
しかしながら、規制業種たる金融業とりわけ銀行・証券・保険会社は許認可事業である「本業」をやめるという判断は事実上とり得ない。よって、「EXITのない」ポートフォリオ戦略が金融業においてはコンセンサスになっている可能性がある。
 

事業ライフサイクルが突き付けるもの

事業ライフサイクルは導入期・成長期・成熟期・衰退期から構成される。金融業においてはほとんどの事業が成熟期・衰退期に集中し、成り行きの経営では成長は見込めず、恒常的なコスト削減が利益維持の最大のドライバーになりかねない状況である。
ただ、顕在化した成長期ビジネスが金融業では見出せないのも事実である。そうすると、導入期ビジネスにチャレンジする以外に打ち手はなく、昨今のデジタル領域への各社の取り組みは成長を導入期に求めている証左といえよう。しかし、現時点で各社が取り組んでいる導入期ビジネスにおいては、今後の成長への期待を持てるような取り組みは少ない印象であり、また導入期のキーワードである「多産多死」に対応するための「数を打つ」ような取り組みも見出しにくい。
 

金融業の事業ライフサイクル

成長か配分か

資本市場の上場会社に求める基本的な原理・原則は「成長せよ。成長できないのであれば配分せよ」である。会社によっては、成長ではなく配分に経営の舵を切り(既存事業に特化)、コスト削減(人員含む)等によって捻出した利益・キャッシュを、配当や自社株買いで手厚く株主に還元するスタイルは選択肢としてあり得るであろう。

成長配分モデル

一方で、成長を追求するのであれば、金融業の既存事業は成長余力に乏しいため、結論として導入期ビジネスに投資を振り向けることになる。成功の確度をいかに高めるかがポイントで、社内外に対してその実現可能性をいかに示すかがシビアに問われる。実現可能性に疑問符が付くような投資については、特に株主サイドから「砂漠に水を撒くようなことはやめてくれ」という声が上がることも多く、場合によっては市場評価の下落に繋がりかねない。新規事業については、安易な取り組みは経営上マイナスになりうる点には留意が必要である。

成長戦略を目指す場合の処方箋

 

導入期は「多産多死」がキーワードである以上、多くのチャレンジを分散投資のアプローチから行う必要があるが、既存事業に引っ張られないような仕組み作りが成功のカギである。
特にCVC(Corporate Venture Capital)は新規事業を既存事業の影響から隔離する観点では有効なスキームと考えられる。

新規事業のターゲット領域については、具体的に「●●分野」が有望という整理は現状では難しく、各社も試行錯誤の中で模索している状況と認識している。ただ、ポイントとなる視点は「本業とシナジーが見込める事業を選ぶ」ことにあると考える。自社の強みを活かすための取り組みにならなければ、結局は成功に至らず企業価値向上には繋がらないであろう。端的に言えば、シナジーのない事業にキャッシュやリソースを投じることは事業投資ではなく純投資ではないだろうか。このような観点に立つと、例えば保険業界で「予防」をキーワードに新たなビジネスを模索する動きは本業とのシナジー追求そのものであり、評価できる戦略方向性と考えられる。

既存事業については、「利益維持(事業延命化)」がキーワードとなる。既存事業で利益を出し続けるためには、徹底的に競争力のあるコスト構造を作り出すことが命題であり、デジタル技術の活用は不可避的である。例えば、RPAやAIの活用によるコスト削減は最近のトレンドであるが、最新のテクノロジーを駆使することで大幅なコスト削減を実現することも可能となってきている。

なお、成長戦略を追求する場合は、既存事業と新規事業の二兎を追う戦略となるが、新規事業を作り出す人材は、既存事業を行う人材とは求められる資質や要件も異なる(戦略と人材のミスマッチ)。よって、人材要件のミスマッチを解決するためには「戦略人事」的な取り組みも必須となろう。具体的には、既存事業、新規事業それぞれに必要な「人材要件(人事戦略)」を明確化し、それに対応する「人材マネジメント方針」「人事制度」を構築して、一定期間のうちに戦略と人材のミスマッチを計画的に解消する取り組みが求められている。この課題を放置すると、人材がボトルネックになって成長を実現できないため、戦略人事への取り組みは極めて重要と考える。

経営環境がドラスティックに変化する近年、金融業界には待ったなしの変革が求められている。アビームコンサルティングは、長年の経験と総合コンサルティングファームとしての知見を武器に、これら変革にともに挑んでいきたいと考えている。

page top