AI活用による与信審査高度化

新たな競争環境と事業優位性担保のカギ

2010年の貸金総量規制以降、個人向けローン市場は回復傾向にあるが、流通系企業など他業界からの新規参入やFintech活用による新たなビジネスモデルの導入などにより、プレーヤーの多様化がもたらされ、新規参入者を含めた競争環境は激化する傾向にある。
加えて、個人向けローン市場における顧客の棲み分けも、競争が激化する要因の一つである。従来の与信審査は、審査結果や融資限度額に関する根拠が、資金需要者に対して開示されていなかった。このため、早急に融資が必要な資金需要者は、審査が通る見込みの高い金融機関を自ら判断して申込むことが通例であった。この結果、個人向けローン市場は、申込者である資金需要者のリスク程度に応じて、必然的に市場での棲み分けがなされていた。これが昨今、Webを中心とした事前審査が主流となり、資金需要者は金融機関の審査結果を事前に確認することが可能になった。与信審査の透明性が増加した結果、資金需要者は、高限度額や低金利といった借り手のメリットをもとに金融機関を選別するようになり、これまで業界で通り相場とされていた顧客の棲み分けが崩れるという変化が起きている。

図表1:個人向けローン市場の変化

この様に、顧客の棲み分けがなくなった個人向けローン市場において金融機関がとるべき対応は、申込みのあった資金需要者を選別すること以前に、資金需要者から自社を選んでもらうことである。そのためには、資金需要者に対して高限度額や低金利といったメリットを訴求することが重要で、メリットを訴求できる金融機関は多くの資金需要者を集客することができる。さらに、集客した中から優良な資金需要者を選別し囲い込むことができるため、前述の激化した競争環境下においても高い競争力を持つことが可能である。

競争力の獲得・保持に必要となるのは、信用コストの低減であり、そのために必要となるのは高精度な与信審査の実現である。この実現方法には大別して2つあり、1つは評価観点を増やした審査の多面化、もう1つはAI活用などによるデフォルト予測スコアリングモデルの技術的な高度化である。

審査の多面化では、一般的にデフォルトと関係性が高い観点があればあるほど審査精度が高まることから、現在も殆どの金融機関にて申込時の属性データや、取引履歴データ、外部信用情報機関のデータといった多くのデータを活用している。これに新たな観点となるデータを加えることで、より多面的な審査が可能となり、その結果、精度の高い与信審査が実現する。一方、技術的な高度化については、最先端の分析技術であるAIを従来の与信審査業務に活用し、与信精度を根本から強化することが可能である。

審査観点の多面化とAI活用による審査モデルの高度化により、信用コスト低減が実現し、資金需要者へのメリットが訴求できる結果、集客力向上と市場競争力増強が可能となるが、このような先進的な与信審査に取り組む金融機関が増えつつある中、取り組みが遅れた金融機関は、資金需要者に対してメリットを訴求できないことから相対的に集客力が低下する。さらには、先進的な金融機関の審査に通らなかったハイリスクな資金需要者が流入し、既存手法での与信審査では否認することができずに入会が集中する結果、不最適な融資実行により信用コストが増加し、より一層メリットが訴求できなくなるという負のスパイラルに陥るリスクが高くなる。
顧客の棲み分けがなくなるという大きな市場変化を遂げた現在、与信審査に対する新たな取り組みが急務である。

図表2:与信精度を高める必要性

審査の多面化・高度化とAI活用に際する留意点

審査観点の多面化について、海外ではSNSなどのソーシャルデータが注目されているが、日本における利用率は低く、また個人を特定するための名寄せも難しいため、有効的なデータとは言えない。多面化を検討する際に重要なことは、やみくもにデータを追加するのではなく、個人向けローン市場であればローン弁済能力にまつわるデータを検討し活用することである。具体的には、弁済能力に直接的に関連する資金需要者のキャッシュフローを把握可能な家計簿アプリケーションのデータや、間接的に弁済能力に関連する健康状態を表現したバイタルデータなどが広く一般的に活用可能である。また、弁済能力の根底にある弁済意志に着目し、把握できる可能性が高い性格データなども、将来的には有効なデータとなる可能性が高いと言える。

また、審査モデルの高度化については、AIには数千というアルゴリズムが存在するため利活用に際してまず自社環境にて最適なアルゴリズムを選定することが重要である。最適なアルゴリズム選定にむけた方法論としては、机上でのアルゴリズム評価に加え、自社環境にてPoCによるトライ&エラーを繰り返し選定することが重要である。

なお、AIを与信審査に活用する際には注意しなければならないことがある。AIは分析担当者が判断できなかったデフォルトの特徴を判断することが可能になる反面、とても複雑な分析を機械的に行うため、分析結果を人間が解釈できないケースがほとんどである。与信審査業務は、当局対応の観点から「結果の解釈性」を担保することが重要な要件である。これを満たすためには、AI活用の範囲を「結果の解釈性」が必要ない範囲に限定し、部分活用することで解釈性の低下(ブラックボックス化)を回避することが重要となり、その為には、審査モデルが1つのシンプルな構成ではなく、解釈性の観点で分割した複数個構成、アンサンブルなモデル構成をとることがAI活用における肝となる。

以上のような個人向けローンにおける与信審査の考え方やポイントは、法人向け融資にも応用が可能であり、また、審査技術そのものはリースの審査にも応用が可能であると考える。アビームコンサルティングは、今後、個人向け消費者ローン業界で蓄積した与信審査ノウハウを他業界にも展開することにより、資金需要者メリットの最大化と融資企業の成長に貢献したいと考えている。

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